蒼き戦慄の炎

〜1〜

 『八神よ……オロチの子よ』
 身体に潜む影。
『何をためらう?』
 『蛇』。
『どんなに格闘技を極めても、世界一の称号を得ようとも、お前では決してあの男を殺せはしない』
 理由なき焦燥。
『殺したいのだろ?』
 尽きることのない憎悪。
『お前に眠るオロチの力を解放してやる。お前の望みも我らの願いも全てが叶う』
 憎。
『なぜだ?』
 憎、憎、憎。
『なぜ、ためらう?』
 憎、憎、憎、憎、憎。
『まあいい。我はお前の血。お前が望めばいつでも、現れてやる。いつでもなぁ』
 後は無限に広がる……憎、憎憎、憎憎憎、憎憎憎憎、憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎……。


 赤く染めた髪。背中に家紋の『二十三夜』が縫ってある、ショートジャケット。拘束具のついたズボン。一見するとバンドマン風の二十歳の男。
 KOFという格闘大会を知る者に、彼を知らぬ者はいない。
 『KOF』……つまり『THE KING OF FIGHTERS』。
 そして……『彼』。
 『ヤマタノオロチ』の力をもつといわれる伝説の武道『八神流古流武術』の伝承者にして、優勝候補の筆頭。
 八神庵である。
 庵は公園にいた。
 日は暮れている。
 闇を呼吸し、夜を根城にする者の時間。
「ち……」
 舌打ちした。
 庵にとって、他者など苛立つ存在にすぎない。
 わざわざ人気のない公園に来たというのに、物好きな連中もいたもんだ……!
 庵は心の中で吐き捨てた。
 公園の一角に人だかりが出来ていた。
「でやぁ!」
 ストリート・ファイターと呼ばれる存在が、そこにいた。公式・非公式問わず戦う者たちである。
 日々の生活を戦って得る者。純粋に強さを求めている者。ただ暴力を振るいたい者。『理由』は様々である。
「春風脚!」
 庵はその中で、一風変わった存在を見た。セーラー服の少女が、大の男たちに混ざって戦っていた。
「紅桜拳!」
 一歩踏み出し、鞭のように身体をしならせながら、拳をふり上げる。
 拳はそのまま顎に吸い込まれ、対戦相手をのけぞらせた。
 僅かな隙ができる。
「真空ゥゥゥ波動拳!!」
 その隙に向かって、両手のひらを叩き込む!
 −−少なくとも周囲にはそう見えた−−
 男が倒れ伏すのと同時に、歓声が沸き起こる。
(気か……)
 試合をみていた庵は、心の中で冷静に呟く。もっともすぐに興味は失せる。
 ……はずだった。
 歓声がどよめきになった。
 打ち倒された男が立ち上がった。
「こ、の……野郎!!」
 威勢とは裏腹に……脳震とうを起こしているのだろう……足元がおぼついていない。
「俺がこんなガキに負けるわけがねぇ!」
 周囲のどよめきが、ざわめきに変わった。男が懐からナイフを取り出したのである。
「ちょ……ちょっと待ってよ!」
 少女の声を無視し、男が飛びかかる。
 そして。
 男は背後から後頭部を捕まれると、顔面から地面に叩きつけられた。
 不気味なほどの鈍い音が響く。
 男は、動かなくなった。
「ふん……ゲスが」
 庵は男の頭から手を放し、吐き捨てた。

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