タヌキゴーレム

 私の主は魔術師である。
 特にゴーレム技術は他の魔術師には決して引けを取らぬそうだ。

 実際そうなのだろう。
 主のゴーレムは他のと違い、知能と知性まで宿っている。
 主の方も、ただゴーレムを作りだけでは飽きたのか、
 最近では美術彫刻や文化遺産などをモデルにゴーレムを作っていた。

 おかげで主の住処であるダンジョンには、
 ドナテロの『イタリアのヴィーナス』が浴槽を掃除し
 薬師如来像が郵便物を配達し、
 ガルーラ仏像が厨房で調理している。

 そして、私は……

 ぶ〜ら、ぶ〜ら

 私は

 ぶ〜ら、ぶ〜ら

 ……。

 私は今、やりきれぬ思い出足を止めた。
 それに伴い、随伴する奇妙な音源は静寂へと移り変わる。

 私のモチーフは信楽のタヌキである。

 よりによってだ。

 しかも『アレ』が『風も無いのに、ぶ〜ら、ぶら』だ。

 主のゴーレム技術は素晴らしいと思う。
 そんな主を持てて誇りに思う。

 なのに。

 なのに、ここまで再現しなくても良いではないか、と
 心の隅で本気で思う。

「おや、どうしたんだい。タヌキ君」

 ふと、通路の向こうからミケランジェロのダビデ像が歩いてくる。
 完璧な男性像とか言われるそいつは、やけに朗らかだった。
 私は笠を深く被った。

「別に」

 私の素っ気無い答えに、ダビデは軽く肩を竦めた。
 ダビデはポンポンと私の頭を叩く。

「タヌキ君。昼間から暗いねぇ。
 折角貰った命なのだから、エンジョイ&エキサイトしないと!」
「……ダビデ像がそんなこと言うのもどうかと思うぞ」
「僕は僕さ。それに本物のダビデ像じゃないんだし」

 私は溜息をつくと、こいつを置いて歩き出した。
 ダビデも、薄ら笑いを浮かべると私の後ろを歩き出す。

 ダビデはすたすたと歩き、私はぶ〜らぶらと歩く。

 ダビデはすたすたと歩き、私はぶ〜らぶらと歩く。

 ダビデはすたすたと歩き、私はぶ〜らぶらと……。

 ……。

 思わず足を止めた。
 私は別に怠惰にしているのではない。
 むしろ、しゃかりきと歩いているつもりだ。
 だらけている音は、股間のソレが立てている。

『風も無いのに、ぶ〜ら、ぶら』と。

 ……やりきれない。

「どうしたんだい。タヌキ君」
「……別に」
「タヌキ君。昼間から暗いねぇ。
 折角貰った命なのだから、エンジョイ&エキサイトしないと!」
「……さっきと同じこと言っているぞ」
「そうだたっけ? まあいいさ。そんなこと」

 ダビデ像のゴーレムはやけにフランクだった。

「実は僕、これからミロのヴィーナス像と裸の散歩をするのさ」
「……ていうか、お前ら元から裸じゃないか」
「はっはっは。実質、ただの散歩さ」

 言うや否、ダビデ像は軽いステップで去っている。
 これを言うためにわざわざついてきたのか……。
 よほど嬉しいのか、それとも単に自慢したいだけだったのか不明だ。

 ダビデ像が通路のT字に差し掛かると、横からミロのヴィーナス像が現れた。
 ダビデとヴィーナスのゴーレムは軽い談笑を交わすと、二人楽しげに歩いていく。
 あ、後ろからコソコソとションベン小僧が追いかけている。

「……ふぅ」

 私は溜息をつくと、天を仰いだ。
 と言っても、ここはダンジョン。上も所詮暗い塒だ。

「……少し、休暇もらうかな」

 今度は効果音ではなく、だらけた態度でぶーらぶらと歩き出した。


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