スーパーロボット大戦
スノーマウンテン

第13話


 藤甲盾は確かに強力なものだった。
 矢を弾き、剣を弾き、相手を恐怖で凍りつかせるさまは、まさにゼウスがアテナに貸し与えしアイギス。
 おお、祖はまさに無敵の盾なり。

 ……だが……

 それは一瞬だった。
 スラグガンナーの砲撃を受けた孟獲の腕は、柳のごとくしなやかに曲がり、老朽化した柱のようにへし折れ、弾けた。
 強固な戦車の装甲を一撃で貫く火力が、打ち抜けたのだ。

 如何な強固な盾を持とうとも、その衝撃に耐えうる腕がなければ、その性能は引き出せない。
 無事であろうはずがない。

 そして響き渡る絶叫。
 無敵の盾は今まさに破られた。

「……ふぅぅぅ……」

 スラグガンナーの中で、フィオは大きく息を吐き出した。
 スラグガンナーの座席に背を預ける。

 全てを凍らせるスノーマンは倒れている。
 それを指示する孟獲も、腕を砕かれたことで半狂乱で苦しんでいる。

 勝てた。

 そう、判断していいだろう。
 息が急に苦しくなる。
 フィオは無意識に自分の左胸を抑えた。
 豊かな弾力の向こうで、開放された緊張が津波となって押し寄せ、心の臓が悲鳴を上げる。
 先ほどまで命のやり取りをしていたのだ、鼓動が痛いほど激しい。
 2、3度息を大きく吸い、静かに吐き出す。

 大丈夫、私は生きている。

 そして……普段どおりの、のほほんとした笑顔を作った。
 おっとりとして優しい……そんな表情だ。

「光さん、勝てましたよぉ」

 フィオの指示で、スラグガンナーに乗っているだろう少女……獅堂光に声をかけた。

「……光さん?」

 しかし、獅堂光からの返事はない。
 フィオは左右を見回すが、目に見える位置に光はいない。
 そういえば、何か見逃してることがあるような……。

「……あれ?」
「きゅう」

 光はフィオのお尻の下で潰れていた。

「あああ光さん、大丈夫ですかぁ!? あてんしょんぷりーずぅぅ!」
「だ……大丈夫……だと……思う……」



 孟獲は、砕けて使い物にならぬ腕を抑えながら、立ち上がろうとした。
 だが、全身が嘲笑うように、まったく言うことを聞かなかった。
 自分の物でない……身体に縫い付けられた違う人間の体かのように。

 スラグガンナーの砲撃を喰らったのだ。藤甲盾が無ければ確実に死んでいただろう。
 それでも、全身を襲う極度のダメージは逃れられなかった。
 体が重い。全身を蛇が飲み込んでいくようだ。

「おのれ……おのれおのれおのれ、女ぁ!」

 血を吐き出しながら、唇を噛み切る。
 大誤算だった。
 こいつらがこんなに強いとは……。
 だが、ここでスノーマンを他の誰かに壊させるわけにはいかない。
 策士諸葛孔明に命じられた使命が自分にはある。
 自分のミスで作戦を潰すわけにはいかない。
 全ては……。
 全ては我らのビックファイアのために!!

「スノーマンよ! 自爆しろ!」

 スノーマンを以ってして『自爆』。
 これが策士諸葛孔明から伝えられた、孟獲の最後の命令であった。



 その効力は直ぐに現れた。



 グフ・カスタムで。

「なんだ……この熱源反応は。しかし……この反応は……」


 スラグガンナーで。

「光さん、ごめんなさいですぅ」
「あ、あはは……もう、大丈夫だから。そんなに気にしなくていいよ」
「そうですか?」
「うん。大丈夫。平気だから。
 ……ところで……何か急に寒くなって来た……?」


 キングゲイナーで。

「何だ……何が起こっているんだ……?
 動け……動け、キングゲイナー!」


 そして、ツインビーで。

「分身〜。分身〜。分身〜」

 ツインビーから無数の分身が出現した。
 分身は半透明でゴーストのように背景が透けて見えていた。これは実体がないということを示している。

 と。

「飛んでけ!」

 ツインビーはその分身を掴むと、からくり木獣に向かって投げつける。
 分身は、置物のように固定されたポーズのまま、コマか何かのごとく回転しつつからくり木獣へと伸びる。
 分身は一筋の流星となってからくり木獣へと叩き込まれると、その木の身体を容易に破壊した。
 質量の無い分身が、である。
 そして、生まれた分身は空を飛びまわり、からくり木獣達を次々と破壊していった。

 これが、未知のパワーを発する『ベル』と呼ばれるものの力である。
 ベルは『ベル雲』と呼ばれる雲に存在しており、ベルの力を持ってツインビーは一時的にパワーアップすることが出来るのである。
 その力は、分身する、バリアを張る、手がロケットパンチになり飛ばせる、スピードアップする、1000点貰える……などと多岐にわたる。

「これでどうだ!」

 通称『分身飛んでけアタック』で、最後のからくり木獣を倒すツインビー。
 最初の頃は、倒せば倒すほど出現したからくり木獣であったが、流石に底をついたのだろう、地上からその姿を消した。
 木の腕は折れ、木の脚は力を失い、雪の大地に埋もれたからくり木獣の残骸は、二度と動くことの無い。

「太陽の牙ダグ……」
「よし、ライト! これで大体片付いたみたいだビー!」
「そうだな……よし、後はあのデカブツだけだな!」
「ちょっと待った、小僧ども!」

 それは、ライトの後ろから発せられた。
 意外な声の人物だったのだろう。ライトは驚きの声を上げていた。

「その声は……ワルモン博士! いたのか」
「いたのか、じゃない! ずーっといたわい!」
「そういえば、一緒に乗り込んだビー。一言も喋らないから、すっかり忘れていたビー」
「貴様が行き成りIターンなんぞかますから、我輩は頭を打ってしまったんだぞ! 危うくお花畑の向こう側に渡るところだったわ!」

 と、一頻り、吼えたところで声の主……ワルモン博士は息を整えた。

「ともかく、今のスーパーカチコチ君には近寄るな。自爆モードに入っている」
「自爆モード!?」
「でも、その割には、熱くないビー」
「甘いわ! 爆発するだけが自爆ではないぞ!」

 そういいながら、ワルモンは後方からライトの席に身を乗り出した。
 スーパーカチコチ君……つまり、スノーマンのことである。

「今、スーパーカチコチ君のエンジンは、臨界点まで達し爆発寸前だ。
 しかし、裏を返せば、その状態は猛烈な勢いでエネルギーを産んでいる」
「ふむふむ?」
「その猛烈なエネルギーを持って、スーパーカチコチ君は全方位に強力な冷凍波を放出しておる。
 この強力な冷凍波は猛烈な勢いで全てを凍らせる力を持ち、猛烈な勢いで温度を下げるためエンジンを猛烈に冷却し、猛烈に冷却されたエンジンは再び臨界点まで達しようとまた猛烈なエネルギーを産み、猛烈なエネルギーは再び強力な冷凍波となって、周囲を凍らせる!」
「ワルモン博士……」

 ライトは、うっすらと冷や汗を浮かべながら、ワルモンへと顔を向ける。

「それって、理に適ってそうで、全然理に適ってなさそうなんだけど……」
「うるさーい! 実際、そうなっているから、そうなんだ!
 ともかく!」

 ワルモンはライトの言葉を怒鳴り声で遮ると、2、3度ほど咳をし、息を整える。

「自爆モードとなったスーパーカチコチ君は、半永久的に全てを凍らせようとする。
 それを止めるには、奴を破壊するしかない」
「何だ。じゃあ、いつもどおりじゃねぇか」
「いやぁ、その事なんだビけど……」

 二人の会話にツインビーが、割って入ってきた。
 その言葉は、どこか歯切れが悪く、凍り付いてた。

「どうやら、オイラも凍っちゃったみたいだビー」

 その言葉はまさに、場を凍りつかせた。

「すまん、ライト。落下するビー」
「な」
「なにぃーーー!!」

 ライト、ワルモン二人の絶叫が、ツインビーのコクピットに響き渡った。



 魔神シヴァが到来したかと錯覚さえしてしまう、全てを凍らせる4本腕の巨神は、緩やかに、己の存在を指し示すように立ち上がった。
 巨神が蠢くたびに、空気は激しく振動し、何もかもが凍り付いていく。
 空を飛んでいたキングゲイナーは氷像となって雪の大地へと落下し、その身を沈める。
 氷柱のごとく地上から突き抜けているのはグフ・カスタム。
 雪に埋もれ丸くなっているスラグガンナーは、まるで雪だるまだった。

「ノリスさん、ゲイナーさん、ツインビーさん、応答してください!」

 雪だるまと化したスラグガンナーの中で、フィオが他の機体に応答を呼びかける。
 しかし、フィオの問いに答える者はいなかった。
 無情なほど沈黙を保つ通信機を、嘲笑るがごとくに激しい冷凍波の音が周囲を多い尽くしていた。

「ノリスさん! ゲイナーさん! うぅ……さ、寒い……」

 それで必死で通信を出していたフィオだが、ついに寒さに耐えられずその身を自ら抱いた。
 それもそのはず、フィオは制服姿の光よりもさらに軽装なのだ。
 この寒さに一番堪えるのは彼女なのだ。
 光は、慌てたようにフィオの肩を揺さぶる。

「フィオ! しっかりするんだ、フィオ!」
「だ……大丈夫です。平気です……」

 フィオは、全身を震えさえながら、それでも微笑みを光に向けた。
 その笑顔は優しく……そして、弱々しかった。

 光は、その笑顔に打ちひしがれた。
 何も出来ない自分に歯痒かった。嫌悪さえ覚えるぐらいだった。

 助けたい。
 フィオを助けたい。
 ノリスを、ゲイナーを、ライトをツインビーをワルモン博士を助けたい。
 大切なみんなを助けたい!

 方法はある。
 氷の力をを打ち破るには、炎の力を用いれば……。

 炎の力!

 自分には、その力がある『はず』なのだ。

 東京に『セフィーロ』と呼ばせる異世界そのものが降臨する際、地球を守る力として魔神―マシン―と呼ばれる存在が光にその力を与えたことがあった。
 実際、光はその力を用いて、セフィーロからの刺客を倒したことがある。
 だが、セフィーロから現れたランティスと呼ばれる青年と出会ったとき、光は思わず闘おうとして……力が発動しなかったのだ。
 そして、ランティスの力によって、光は遠い雪の山へと飛ばされた。

 何故、力が発動しなかったのか。
 それは分からない。
 だが……。
 確かに『あった』のだ。
 与えられし力が。
 炎の力が。

 炎の力!
 それが自分の力!
 炎の魔神―マシン―!
 名をレクサス!

 みんなを守りたい!
 助けたい!
 ここで闘わなければ、ここで踏み出さなければ、全てが終わってしまう!



『答えを見つけたようだな』



「! ひ、光さん!?」

 それは、フィオの見ている前で突然起こった。
 隣に立っていた光が、突然、火の神アグニに抱かれたように炎に包まれたのだ。
 光の身体は、一瞬で、炎の中へと消えた。
 不思議なことに極度の熱であったにも関わらず、スラグガンナーの内部も、フィオも焼けることが無かった。

 そして。

 ノリスが。
 ゲイナーが。
 ライト、ワルモン、ツインビーが。
 そして、フィオがその光景に魅入った。

 スノーマウンテンの頂上で、魔神シヴァに愛されし巨神スノーマンと対峙するように、火の神の吐息が沸き起こる。

 炎の中より、獅堂光が一匹の獣を携えて現れたのだ。
 獣は狼の姿を持ち、炎の鬣をなびかせ、荒々しくも神々しく光の横で鎮座している。

「レクサス……来て……くれたのか?」
「汝が真に戦う意味を理解し、戦い意思を持ったとき、我はいつでも汝の元へと訪れる」

 スノーマンが、光をレクサスを見つめた。
 全てを凍らせる力を持っているはずなのに、何故か凍らせられない相手。
 敵。
 倒すべき敵。
 スノーマンは、光を敵と認識しだのだ。
 スノーマンの腕が、修羅のごとく大きく開かれた。

 レクサスが猛る。

「汝はすでに闘う意味を知っている!
 さあ、我を纏え!
 その身に我が力を宿すのだ!」

 光は大きく腕を掲げる。
 手の甲で輝く宝石に全ての希望を乗せ、信じる心を力とし、その身、その肉を力となさん!
 例えどんなに強い敵でも逃げはしない、嵐の中、さぁ、飛びたて!

「サイノォォォォス!!」


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