【月華ZH】


「レゾンデートル」


【レゾンデートル】

冷えた夜の空気と切り刻まれた死体の中に、彼女は立っていた。

月明かりの下で、腰まで届きそうな長い金髪が風で揺れている。
鉄の匂いも流れてきているがそれを彼女は気にしていないようだ。
洋服は夜以上に真っ黒だが、それが余計に濃くなっていた。
自分の血ではなく、下でバラバラになっている死体たちの血だ。
両手に握られているのは、銀色の刃だ。
儚そうに見える彼女が一人で、道に散らばっている人間だったものを
ジグソーパズルのようにバラバラにしたとは信じられないだろう。
それでも、誰の手も使わずに、一人でやったのだ。
『仕事』を終えた後でただ、血のように赤い瞳で月を見上げていた。
彼女……エルセリーザ・ディライトは……。

「I see the moon……」

軽く手を振ると、握られていた剣は消えていた。
口ずさんだのはマザーグースだった。
エルセリーザには記憶がない。
自分の名前と誕生日ぐらいは覚えていたのだが、それ以外を忘れてしまった。
自分が何者なのか、それ以前に何をしていたのかが記憶からなくなってしまっているのだ。
記憶は少しずつはよみがえってはいるが、完全に思い出せるまでは行っていない。
例え、記憶が消えてしまっても彼女の身体には我流だが暗殺術が刻み込まれていて、腕はあがることはあっても落ちることはない。
最も、記憶がないので以前とは比べようとしても、比べられない。

静まりかえった街を、エルセリーザは歩くことにした。まだ、居るはずだ。
終了の連絡を入れて少しすれば迎えが来るだろう。そうすれば帰ることが出来る。
帰るとは行っても、かりそめの宿だ。

「And the moon sees me」

手を振り、剣を出すと、無造作に死体に向かって一刺しした。
微かに動いていた死体は動きを止める。
死体というよりも、ゾンビと言った方が正しい。
ここ最近、アンデッド関係の事件が急増していた。
そのために大国が秘密裏に世界各国のアンデッド組織、教皇庁(ヴァチカン)や欧羅巴の錬金魔術団、ネルガルローゼなどを集めて、アンデッド専門の組織を作り出した。

それが『ZOMBIE HUNTER機関』になる。

エルセリーザはここに所属をしていて、退魔専用の破壊工作員、ZOMBIE HUNTERをしている。
言うのは簡単なのだが、これがどれだけ難しいことなのか。
二千人もの人間の中から生き延びたのはエルセリーザを含めて十八人だけだった。
生存率は一パーセント未満、生存能力の異常に発達した業種、人種の者たちでさえ、こうだったのだ。
一般市民だったら生き延びる確率はゼロパーセントだ。


「前にも……こんな月を見たような気がする」

自分で言ってみて、苦笑した。
月なんて、曇りの日や新月の日その他もろもろの事情を除けば月なんて出ている。
記憶をなくす前に見ていたのか、思い出せない。
彼女が『ZOMBIE HUNTER』になった理由は記憶を取り返すためだ。
何となく、そうすれば記憶が戻る気がした。
今はこうして『ZOMBIE HUNTER』をしている。
今日だって出動要請があったのでかり出された。
街一つがゾンビ化してしまいそれを潰すためにこの街に来て、潰した。
たった一人だけだったが、彼女は『ZOMBIE HUNTER』なのだ。歩いている、エルセリーザの足が止まった。
そのまま避けると、家の壁が粉々に砕け散っていた。

「まだ、居ましたか……」

驚愕と言うよりも淡々とした口調で言うと彼女は『ヴラディカ』を出す。
回りには三十体ぐらいのゾンビとそしてリーダー格であろうゾンビが居た。
ゲームにでも出てきそうな、一般的な人間よりは二倍は大きい体中の筋肉が見えていた。

「殺せ」

エルセリーザが言ったのではない。
相手の声だ。
もしも、エルセリーザの実力を見ていたのなら、それがどれだけ難しいことなのか、解ったはずだった。
素早くエルセリーザは『ヴラディカ』を右手に三本、指の間に握るとゾンビ達の方に投げつけた。額に、心臓に、的確に刺さる。
そこから先は、ある意味芸術だった。
次々とゾンビが切り裂かれていった。
それも、滑らかな彼女独特の切り口だ。
肉屋が肉を解体するかのごとくに切り裂かれ、地面に落ちていく。最後の一体が切り刻まれたときには地面には肉塊と、血でアートが出来ていた。
ご丁寧なことに死体が一山につもっている。

「貴方で終わり……?」

リーダー格のゾンビに向かって、エルセリーザは微笑を見せた。
『ヴラディカ』を投げつけるとゾンビは、はたき落とした。
エルセリーザに向かって、拳を振り下ろした。とっさに避けたが、壁は粉々になっている。
当たってしまえば死ぬのに彼女には恐怖というものがなかった。
当たらなければいいのだ。
会心の一撃のようなパンチが放たれた。
エルセリーザに当たったかのように見えた。ゾンビは笑みを見せた。

「Solomon Grundy」

声が聞こえたのと同時に、身体が切り裂かれた。悲鳴が、夜の街に響いた。

「Born on a Monday」

右肘から下が、切り落とされた。

「Christened on Tuesday」

今度は左肘から下が、滑らかな切断面で落ちた。悲鳴を上げられないほどに痛かった。

「Married on Wednesday」

右膝から下が落ちた。たてずに地面に落ちる。

「Took ill on Thursday」

今度は左膝から下が落ちる。当たってなど居なかった。
それどころか、切り刻まれている。
それは現在進行形で続いていた。
拳を放てば人間なんかすぐにでも殺せるというのに、殺せない。

「Worse on Friday Died on Saturday Buried on Sunday」

メロディーに乗せられて歌われているのは、マザーグースのソロモン・グランディだった。痛みが止んだ。
見てみれば、剣が一本突き刺さっていた。
まだ、生きていた。
生かされているのか?

「This is the end」

エルセリーザを見ているせいで、ゾンビは上から降ってくるモノに気がつかなかった。

「Of Solomon Grundy」

最後のフレーズを言い終わったときには、空から降ってきた『ヴラディカ』がゾンビを串刺しにしていた。
何事もなかったかのようにエルセリーザはまた、空を見上げた。
これで全部だったか、全部でなくても倒せばいい。
今の存在理由がゾンビを刈り続けることならばそれを続ければいい。


『幸せだったんじゃないかな?ソロモン・グランディは?』


脳裏に声が聞こえた。
とても懐かしくて、とても愛しい声がした。自分に存在理由を与えてくれた人、大切な人の声だ。
もう一度聞こうとしても、浮かばなかった。思い出せなくなっていた。
愛おしさと寂しさが心を満たした。

「God bless the moon」

落ち着かせるために、途中で歌うのを止めていたマザーグースを呟いた。
殺人芸術家という異名を持ち、両手では数え切れないほどの人を殺しながら、それでも、好きでいてくれた人。
今は思い出せないけれど、きっと思い出せる。そう、信じるしかなかった。

「And God bless me」

エルセリーザは呟くと、月をバックに歩き出した。



【Fin】




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