FOW閑話シリーズ
晴天
作者 エルさん
| 座禅を組んで瞑想している少女が一人。 霧里深雪。 剣道界にその名を知らぬ者はいないと言われる剣の天才。 いや、天才というただ一言に集約してしまうには語弊があるかもしれない。 類稀なる才能と、それ以上の鍛錬によって生まれた剣そのものこそが 彼女だった。 だが、彼女はある時、自分が鞘に収まっていない抜き身なのだと思った。 自分は何をしているのだろう、と。 何をしたいのだろう、と。 鞘はどこにあるの? 色あせた世界。 漠然とした不安。 思春期という特別な時期に誰もが体験する気持ち。 何で、剣道をしているのだろう? 世の中にはもっと面白いことがあるのに。 自分には剣道しかない。 同世代は皆、買物に夢中になったり、免許を取ったり、恋をしたりと忙しい。 自分は、ただ剣道に忙しい。 幼い頃から、剣道ばかり。 周りは自分を「真面目」だの「天才」だのと誉めてくれるけど、私は……。 私はそんなもの……。 脳裏に数日前までの想いが駆け巡る。 やめたかった。 捨てたかった。 だけど、今は違う。 「その…、あの…、 けけけ剣道をしているみみみ深雪さんが一番輝いてるッスよ」 頬が熱くなる。 軽く息を吐いた。 これほどまでに自分の気力が充実したことがあっただろうか。 自然と口元が綻ぶ。 深雪は閉じていた目を開いた。 透き通ったとても美しい宝石に、激しく強い。 そして何よりも、暖かい光が揺らめく。 自分の中に溢れ出る力の感触が、何だか嬉しい。 徒競走の順番を待っている小学生の時の気持ちを思い出していた。 不安と期待が絶妙に交じり合うあの気持ちだ。 微笑を浮かべたまま、少女は脇に置いてある竹刀へと視線を移した。 それは、何度も捨てようとした道具だった。 何度も捨てようとした彼女の腕の一部ともいえるものだった。 そして、何度も捨てようとした想いだった。 「やっぱり捨てられない……っか」 苦笑混じりに呟き、深雪は竹刀に手を伸ばした。 握る。 馴染む。 ずっと使い続けて来たのだ。 深雪は、大きく息を吐いた。 そして、一閃。 過去の悩みという名の幻想が、空気を切り裂く悲鳴を上げて両断された。 「さて、参りますか」 笑顔で呟く。 腕が微かに震える。 胸が高鳴る。 行き先に待っているのは、赤毛の少女。 早く。 早く闘いたい……。 世界異種格闘技大会決勝戦開幕────。 ![]() |