雨の日の出会い

〜第1話〜

 エリスがアースウッド高原を旅していた時のことである。アースウッド高原とは、雨と雷の産地で、特に夜は必ずといっていいほど激しい雨がふる地方であった。
「いたた! こんなに激しいだなんて思わなかった!」
 エリスは雨の中、走っていた。
 まあ大丈夫だろう、という楽観視がいけなかったのだろう。雨具の準備をしていなかったのだ。打ちつける雨は痛く、霧が発生して視界も悪い。おまけに温度がどんどん下がっていった。このままでは凍える心配がある。
「雨宿りできる場所! 雨宿りできる場所ぉ!」
 エリスは必死で走った。やがて、エリスよりやや大きめの『く』の字の形をした岩を発見した。すぐさまエリスは岩の陰に転がり込む。風通しと視界は悪いが、雨をしのぐには十分な大きさだ。
「岩さん。休ませてもらうね」
 エリスは一息つくと、岩に声をかけた。
『私は、岩、ではない』
「!?」
 答えが返ってきたことにエリスは驚きの声を上げる。誰か人がいるのかと、思わず周囲を見まわしてしまった。
『違う。私だ』
 やはり岩から声が聞こえる。エリスは岩を見上げた。
「あなた……なのか?」
『そうだ』
「もしかして、あなたは喋れる岩なのか!?」
『だから、私は岩ではない』
 エリスの的外れな問いに、岩から苦笑にも似た響きが戻ってきた。
『それよりいいのか? 焚き火をつくらねば、凍えてしまうのではないのか?』
「あ、そうか」
 エリスは驚きのあまり、身体が冷えていたことを忘れてした。すぐさましけっていない枝を探すと、焚き火をたいた。
 すると、火の明るさに揺られ、岩の本当の姿を映し出された。
 巨大な鎧だった。岩だと思っていたのはこの鎧の上半身で、うずくまる形で座っていたのである。白銀色に、所々が泥と錆びで赤黒く変色した巨体だ。
 鎧の圧倒的な大きさに、エリスは言葉を失った。だが不思議と不気味さは感じず、それどころか優しさを覚えるくらいだった。
『濡れたままだぞ。いいのか? 風邪をひくぞ』
「あ……うん」
 鎧に自分の健康面を注意されたものの、エリスは生返事を返しただけだった。呆然と鎧を見つめ続けていた。
 やがて、かろうじて言葉を作りだすことに成功した。
「あ、あの……あなたは『鎧』なのか?」
『あぁ。少なくともこの時代の人間は、私たちのことを『鎧』とよんでいる』
 『鎧』とは、遥か昔に存在していたと考えられている古代人の武器のことだ。人間のニ,三倍はあり、人が乗り込む形で動く代物である。古代の遺跡や戦場跡で発掘され、驚くことにいまだ稼動可能なのだ。そこで、この時代の人間は、姿形から『鎧』とよび、発掘しては利用
しているのである。
「でも、言葉を喋る『鎧』は聞いたことないよ?」
『確かに普通は喋らないし、喋れない。だが、長い年月存在したものは心をもち、大切にされたものは自らの意思でうごくことができるようになる。
 君たちの時代にもあるだろう。髪の毛が生えたり、動きまわったりする人形や、喋る絵画などが』
「うーん? そう言われるとそうなのかな?」
 驚きが一段落すると、エリスは濡れた服を脱ぎ、焚き火で暖をとりはじめた。
『それはそうと、君はなぜ、こんな高原に一人でいるのだ?』
「わたし、旅することが、好きなんだ。途中で路銀を稼いだり、結構大変だけど、そのかわり見るもの全てが新鮮で、楽しいんだ」
『なるほど』
 エリスの答えに『鎧』も不思議と楽しい気持ちになった。


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