スーパーロボット大戦
スノーマウンテン

第14話


 吹き抜ける風は灼熱を帯び、山を焼き、雪原より出でし黙示の炎は巨柱となって天を焦がした。
 轟く炎の竜巻はやがて人の姿へと移り変わる。
 いや――それは人と呼ぶにはあまりに巨大な身体。
 巨人と呼ぶには逸脱した姿!
 狼の顔をした半獣半人機!

「魔神レクサス!」

 獣が吼える!

『我は大地を守護する者』

 全身に溢れる体毛は金色の光を包み込み、深紅の色を持つ鬣は炎となって吹き荒る。
 腕を、足を、頭部を守るは漆黒の鎧にして、胸に潸然と輝くは紅蓮の宝石。
 身体の奥に潜む機械のオーブに包まれし少女が力の源!

『そして、炎の化身』

 少女は衣服を何一つつけず、ただ己の身一つでその場に立っている。
 だが、少女には分かっていた。
 自分が今、大いなる鎧を、大いなる力を纏っていることを。
 自らの腕は魔神の腕であることを、自らの足は魔神の足であることを、自らの願いが魔神の力であることを!
 神にも悪魔にもなれるその力を!

『汝の心が熱く激しく燃え上がるとき、我が体は灼熱の炎を放ち、あらゆる邪悪を焼き尽くす』

「炎の力……!」

 瞳を開く。
 同時に半獣半人の鋼鉄の巨人……魔神レクサス……も目を開ける。

 少女の目は、レクサスの目でもある。
 そして、目に前に映るは同じく鋼鉄の巨人。
 四つの腕は吹雪を操り、厚い装甲は何者をも弾く。
 名を……スノーマン!

 敵。
 倒すべき敵。

 邪悪。
 あらゆる邪悪を焼き尽くすレクサスの力。

 何も恐れずに走れ!
 深紅の勝利まで!
 全ての力を叩き付けろ!

「いくぞ、スノーマン!」

 少女が、獅堂光が猛る。

「ぎぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」

 スノーマンの全身から機動音が鳴り響く。
 まるで、レクサスの……光の声に反応するがごとく。

 そして――!

 レクサスが、スノーマンまでが大地を駆け出す!
 一気に詰まる間合い。
 お互いの拳が同時に放たれる!

 スノーマンの拳は確実にレクサスの頭部に狙いが定まっていた。
 最初の一手とはいえ、決まればただではすまない。
 装甲が弱ければ、スイカ割りのように潰れただろう。
 だが、スノーマンの一撃が当たる寸前……

 大地が鳴った。

 全ての動きが止まった。
 時間にすれば1秒にも満たない永遠の一瞬。
 音さえも消え去ったと錯覚する刹那の時空。

 スノーマンの胸に炎の弾丸と化したレクサスの拳が突き刺さっていた。

 次の瞬間、スノーマンが飛んだ。
 モビルスーツを越す巨体が吹き飛んだのだ!

 もし、風の女神がスノーマンを愛していたらば、そのまま軽やかに羽ばたき舞っただろう。
 だが、どうやら女神はスノーマンが好みではなかったようだ。
 代わりに重力の神は彼に強力なアプローチを投げかける。

 重神の強力な求愛によって氷の巨人は雪原へと叩きつけられる。
 衝撃によって積雪が津波となって流れ出す。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 レクサスが……いや光が叫ぶ!

 再び駆け出す、津波など気にせず、真っ直ぐスノーマンに向かって!

 レクサス自身が放つ強力な熱によって、雪の津波は即座に消え去る。
 吹き上がる白熱の蒸気を越え、レクサスは地を蹴り、空へと跳び上がる。
 スノーマンに向かって殴りかかったのだ。

 スノーマンもまた倒れた姿勢のまま蠢く。
 レクサスの斬り下ろす拳の一撃を、スノーマンの拳が受け止めようとする。
 動きそのものはまったく同位。

 だが――

 金属の悲鳴が聞こえた。
 雪原に響き渡った。
 レクサスの拳がスノーマンの腕を砕いた!

「ゴォォォォォォォ!!」

 魔神が猛る。
 レクサスはまだ無傷の腕を掴む。

 と――。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 スノーマンを引きずり出す。
 そのまま、力の限りスノーマンを振り回し始める。
 巨人が巨人をまるで旗か何かように!

「いけぇぇぇぇ!」

 叫ぶと同時!

 巨人は再度、空を踊る。
 そのまま積雪に突っ込むと、猛煙となって雪が舞い上がり、巨神が大地に沈む。

 だが、スノーマンにとっては、まだそれほどのダメージではなかったんだろう。
 噴煙を巻き上げ、ゆらりと立ち上がる。

「……く……なんて、硬いんだ……!」
『心を見失うな。我は汝と一つ。その拳を、その力を信じるのだ』

 光の呟きにレクサスが答える。
 言葉が終わるか否の刹那、光の……魔神の拳が強く握り締められ、激震を道連れに大地を蹴り駆け出す。
 技術も何も無い、原始的にして単純な、大なるパワーを込めた一撃を放つため、腕を振り上げる。

 スノーマンもそれに応じた。
 雪原から氷柱が吹き上がる。
 健在であった風を操る腕より産まれる空力は、氷の塊を浮かし、刃と化してレクサスへと一直線に伸びてゆく。

 そして、唐突にレクサスの眼前へ中国刀を手にした男が現れた。

「な!?」

 突然な男の出現に、光が驚き身を強張らせた僅かな一瞬。

「甘いわぁ!」

 男の中国刀が、レクサスの左まぶたを切り裂いた!

 仰け反るレクサスの身体を尻目に、男はそのまま人間と思えぬ跳躍力でその場を離れる。
 中国刀を手にした男……孟獲である。

 足を止めたことが幸いし、瞳そのものは無事であったものの、流血が光の視界を覆い隠した。

 だが、それだけでは終わらない。

 空中で自在に方向を変えられるスノーマンの風はレクサスの背中へと周回していた。
 孟獲の出来事に、光はそれに気づけなかった。

 ――ずん。

 背中に。
 まったく無防備であった背中に、氷柱が激突する。
 一瞬で噴出し血が白く染まり、凍結する。
 血はそのまま微細な破片となって、輝きながら散華する。

 そして――。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!」

 光の悲鳴が上がった。

 レクサスの体内……機械のオーブの中で光は膝を突く。
 光の背中は血塗れだった。
 いつの間に出来たのか、ナイフに刺されたかのような傷が複数あり、蝕むように傷口から血が止め処なく溢れる。
 それはつい先ほどレクサスが氷刃を受けたのと同じ場所に、である。

 そう、魔神を纏うとはこういうことなのだ。

「負けられない……」

 流血という名の絵の具は腕を這い、赤く怪しく彩る。
 光は震える手を広げ、伝い流れる自らの体液を見つめる。

 顔を上げると、新たに固められた無数の冷刀が、こちらへ飛んで来る光景が飛び込んできた。

 その数秒後。
 数多の氷柱が突き刺さったレクサスの身体が吹き飛んだ。

 それでも、立ち上がろうとする光の視界は、だが、薄く幕がかかったようにボンヤリとしていた。


 痛い。苦しい。


 意識が遠くなる。


 ……死んじゃうのか……な……。


 ……。


「まだ終わりではない!」

 それは、はっきりと光の耳に届いた。
 低く渋い男性の声。

「立ち上がってくださいぃ! 光さん!」

 強く、しかしどこか間延びした女性の声。

 同時。

 スノーマンへ一発の砲弾がぶち撒かれる。
 それは戦車状の人型マシンから放たれた物であった。

 レクサスのみを敵と認識したスノーマンにとって予想外の敵であった。
 スノーマンにとって倒したはずの敵だった。

 ロボットのくせに気づいてなかったのだ。
 機体を凍りつかせたはずの氷は、魔神の炎によってすでに溶けていたことなど。
 敵の再出現と、不意打ちの砲撃に、スノーマンの動きはわずかに止まった。

 それが命取りだった。

 スノーマンの首へと一本の鞭が巻きついた。
 いや……鞭ではない。それはモビルツーツの電撃を放つ武器『ヒートロッド』である。

 ヒートロッドを収納させつつ、青い体躯の兵器はモノアイに輝きを宿しながら突進する。

 ノリス・パッカートの駆るグフ・カスタムの脚部から灼熱のヒートソードが赤線となって引き抜かれる。

「ノリス……」

 光が呟く。

 今まで。
 今までグフカスタムの攻撃はスノーマンに一度も受け付けなかった。
 せいぜいかすり傷。

 だが今は違う。
 一箇所だけダメージを与えられる場所がある。

 そこは。

「ヒートソードを受けろぉ!」

 そこは魔神レクサスによって開けられた最初の一撃の穴!

 甲高い摩擦音を放ち、ヒートソードが深々と突き刺さる。

「今だ! 『キングゲイナー』!」

 いつから飛んでいたのか、上空に旋回する白髪の悪鬼。
 オーバーマン。
 キングゲイナー

「ゲイナー……」

 光は呟く。

「おおおおおおおおおおおおお!」

 ノリスの声にゲイナーが猛ると、白刃のフォトンマットリングが輝きを放ち、高速で降下する。
 そのまま、キングゲイナーは蹴りを放った。
 グフカスタムの手……ヒートソードを掴む手に向かって!

 キングゲイナーはグフ・カスタムの腕を砕くと、そのままの威力でヒートソードを力の限り押し付ける。

 降下のスピード、そしてオーバーマンのパワーが相まって、線が走る。
 スノーマンを切り裂く直死の熱線。
 今、確かに、スノーマンの装甲が切断されたのだ。

 それを確認する間もなく、戦車状の人型マシンが二段ジャンプによって空へと高く舞い上がる
 それを待ち受けていたのは、青いボール状の小さいロボット。

 フィオリーナ・ジェルミのスラグガンナーと、ライトのツインビーである!

「フィオ……ライト……」

 光は呟く。

「ライトさん!」
「任せろ!」

 ツインビーがスラグガンナーをがっちりと掴む。
 と、ツインビーはグルグルと回転しだす。
 それは残像が残るのほど強烈な回転である。

「と〜ん〜で〜け〜だ〜ビ〜!」
「ツインビー、合体アタック!」

 その回転を損なうことなく、一発とロケットとなってスラグガンナーが飛んで行く。
 だが、それだけではない。

「アンド!」

 空中でスラグガンナーはさらにバーナーを噴き回転力を増した。
 もう速過ぎる回転で原型が分からぬほど……一筋の閃光であった。
 その流星となった兵器の中からフィオが飛び出した。
 自爆スイッチを作動させて。

「メタスラアタック!」

 飛び出た流星は真っ直ぐスノーマンへと吸い込まれていく。
 わずかな音が響いた。
 まだ火のついた花火を水につけたような音。

 そして、次の瞬間、轟音が弾け飛ぶ。
 スノーマンの装甲が切断された箇所を中心に吹き飛んだ!

「今だ! 光!」

「今だ! 光さん!」

「今ですぅ。光さん」

「今だビー!」「光!」

 5つの声が光の心に飛び込んできた!


 ……そうだ……。


 ……まだ死ねない。


 ……みんなと……フィオと、ゲイナーと、ライトと、ノリスと……一緒に闘うんだ。


 ……そして東京に帰るんだ……。


 ……海ちゃんと風ちゃんが待っている。


 ……だから


「負けられない……」

 鮮血を飛ばしながら手に流れる血を握りつぶす。
 体の奥から熱い息吹が、力が溢れ出す!

 安らぎを振りほどいて。
 再び嵐の最中へ。

 炎の力。
 邪悪を焼き尽くす力!

「まだ……負けられないんだ!」

 炎の鬣が熱く激しく燃え上がる!
 煮えたぎる赤い血!
 全身を貫く気力!

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 魔神レクサスが……獅堂光が立ち上がる。

『その怒りを! 蹂躙されし悲しみを! 我が腕に込めよ!』

 炎が……力が……想いが……全てが拳に集中する!

「炎のぉ! 矢ぁぁぁぁ!」


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