『アンノウン・キング』

23


 「明日の夜0時から3時、ジョウドエリア」
 ケヴィン・ビジーは受話器を耳にあて、ドンキホーテからの連絡を受け取っていた。
 「おうよ。マイク・ドースンの話じゃ、犯人は相当細かい奴らしく、ロボットみてえに決まった時間、決まったルートを歩いてるんだそうだ。狂人にこの類は割と多いようだぜ。そこで偶然すれ違った奴を、その場で抹殺って寸法だ。なぜ相手をストリートファイターに限るかどうかは、予想の域を出ないがな。とにかく、信用するしないはお前の自由だが、どうやらそのジョウドエリアに奴さんが現れるらしいぜ」
 ビジーは首を振り、自分よりも年上の老人に控えめな態度で答えた。
 「信用しますよ、もちろんね。噂のドースンの情報ってこともあるが、それよりもミスター・クルゼイロ、あなたの話を私が信用しないわけにはいかない。あなたの軍人時代の話の数々は常に私に勇気を与えてくれるものでしたからね」
 「ハハハハッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
 ドンキホーテの笑い声は相変わらず大きかった。だが不思議と喧しいといった印象は与えず、何か大きな包括力をもった笑いだった。
 「ま、こいつはあんたの手柄でもあるんだ。あんたの協力が無ければ、如何にマイク・ドースンといえでもここまで特定はできなかった。そこは胸を張っていい」
 「そう言われると報われます」
 「さて、俺はお前の作ったパンケーキをでっかくしてお前に送り返したつもりだ。こいつをこの後どうするかはお前次第だぜ、ケヴィン」
 ケヴィン・ビジーの心は決まっている。彼の殺人に対する怒りはまだ冷めてはいなかった。ゲイリー・カジノブ殺害にはじまって以来、彼は事件の全てに関係してきた。まだ短い期間しか経っていないが、彼はこの事件に宿命を感じずにはいられなかった。解決の時まで、この事件に関わっていきたい。今後、3度目の事件が起これば、間違いなくFBIが介入してくる。そうなると自身の捜査はやりづらくなるかもしれない。出来ることなら、ドンキホーテのいうその日で決着してやりたい。
 「行きます」
 彼は言い放った。そこに先ほどまでの控えめな様子は無かった。
 「ほう。できるのかい?自信はあるかい?」
 「私どもトゥーマッチタウン警察署を甘くみないでいただきたい」
 「ハハハハハハハッ!こいつは悪い。ほんの冗談のつもりで言ってみただけさ。あんたがそうくるのはちゃんと分かってた。ホント好きだぜ。ハハハ、オーケイ。じゃあ、会った時はよろしく頼むぜ」
 「会う?」
 「ああ、言ってなかったか?俺も行くのさ。楽しめそうだからな」
 ケヴィン・ビジーは思わず受話器を落としそうになった。
 「情報屋に資料を渡すこと自体、不審ではありましたが、あなたも行かれるつもりなのですか」
 「うん、その通り。見てみてえんだよ、トゥーマッチタウンのゴー…いや、殺人者をよ」
 「しかし、危険では」
 ドンキホーテは大笑した。
 「俺の話を聞くのは好きだったな、ケヴィン。じゃあ教えてやろう。俺はその“危険”が大好物なのさ。ハハハハッ」
 ビジーはただ立っているしかなかった。言うべき言葉は出なかった。

 止められない。
 そうなのだ。
 ミスター・クルゼイロ、ドンキホーテはそういう男なのだ。
 この男は長い人生の大半を生死をかけた闘いに身を置いてきたのだ。
 常人ならば駆け足で逃げ出したくなるような場所を、それも多くの場所を、戦い抜いてきたのだった。
 自分を解き放つことのできる、生死の狭間、か。彼は軍を引退してなお、そういう死地を求めているのだ。
 ケヴィン・ビジーは心底この男が好きだった。
 止められるはずがない、ケヴィン・ビジーは思った。

 「……ところで、話は変わりますが、いま聞いた話を私以外の者に譲りたいと思っています」
 「そりゃどうしようとお前の勝手だ。さっきも言ったように、こいつは半分あんたの手柄だ。権利の半分はお前にある。俺は金を払って、あんたとドースンから買い取っただけだ。好きにしな」
 「感謝します」
 「じゃ、切るぜ。来るべき犯人逮捕に向けて、ウォームアップをしとかなきゃ」
 挨拶するよりも先に電話が切れ、ケヴィン・ビジーは受話器を置いた。

 電話の隣には6年前のロンドン旅行で買ってきた青いカバーの手帳が置いてあった。この町に来てから、捜査などろくにすることもなく、電話で事件の話を聞くということも滅多になかったため、6年間もの長い間、(妻からの伝言の他は)真っ白のままだった手帳だった。だがいま彼のロンドンのメモ帳の中は癖のある走り書きで真っ黒になっている。一枚、一枚、ページを捲るたびに殺人事件の情報が事細かに記してあった。そしていまデスクの上で広げられているページには大きくブロック体で『2月5日、ジョウドエリア、夜0時〜3時!』と書かれていた。
 ゲイリー・カジノブに呼び覚まされた刑事への情熱は終着点へと向かおうとしていた。それは終着点ではあったが、始まりでもあった。
 ビジー警部は再び受話器をとり、ブルドッグ・ジョーの自宅へと電話をかけた。

 


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