『アンノウン・キング』

22


(後)
 彼は徹夜して、自分がいままで収集してきた情報を組み立てた。
 彼の(あるいは彼の血筋の)才能は探偵や諜報員といったその道のプロを超えていた。点と点を結び、線にする。線を立てたり、曲げたりして、立方体を作る。立方体が出来上がったら、その中を覗いてみる。一見無関係な事柄も、緻密な作業によってやがて一つになる。
 血、レッズストリート、死体、心臓、テディベア、1200ドル、カジノブ、酒場、警察、マガウン……

 いいぞ。よしよし。

 奴は間違いなく狂人の一人だった。
 この点についてはフランク・シナトラもウィリー・ネルソンも同意してくれるだろう。ただこの狂人はちょっとした特徴があった。奴には奴のルールがあった。こだわり、と言い換えてもいい。奴は機械(マシーン)のようにその規則を守り抜いている。何より役に立ったのは、実を言うと自分が仕入れた話や警察から得たファイルではなく、ドンキホーテから「参考までに」と言って手渡されたミステリー誌『アナザー・ゲート』だった。胡散臭さじゃ彼が今までに会ってきたどの取引相手も上回るこの雑誌を本気で相手にするには相当の勇気が要った。だが、意を決して“犯人はトゥーマッチタウン・ゴーストである”と仮定して、“アナザー・ゲートの目撃証言は全て真実に基づく”と仮定してみると、マイク・ドースンの立てた仮説にピッタリと収まることに気づいたのだった。それから仕事は順調に進んでいった。
 犯人はトゥーマッチタウン・ゴーストだった。
 警察が死に物狂いで追い求め、結局見つけることのなかった犯人の目撃証言はこの雑誌に山ほど詰まっていたのだった。マイクは目撃された日時、場所を事細かに書き留め、分類し、ある規則性を見出した。それがこの狂人(トゥーマッチタウン・ゴースト)のルール、こだわりだった。奴は一定の周期に従って、18に分かれたトゥーマッチタウンの区画のうち1つを、深夜の数時間の間だけ徘徊している。その規則をマイク・ドースンは奴から盗み見ることに成功した。広さはちょっとした小都市ほどあり、元々深夜に出歩く人間の少ない町だ。“運悪く”誰にも会うこともなく、殺人をせずに帰る日も多かったことだろう。だが、ゲイリーとマガウンは偶然出くわしてしまったのだ。
 疑問はあった。襲う人間をファイターと呼ばれる人間に絞っている点だ。『アナザー・ゲート』によれば、これまでに4名の人間が10メートル無いほど距離で犯人に近づいている。車をぶつける、なんて例もあった(流石にこれについては用心してかかったものだが)。だが彼らのような一般人に対して襲いかかったというような話は聞いていない。あくまで犠牲者はまだ“2人”なのだ。
 動機か。
 マイク・ドースンはペンを置き、首を振った。
 それは俺の管轄外。俺は探偵でもなければ警察でも、心理学者でもない。
 彼の扱っている商売道具はただ“情報”だった。取引が欲しがる新しい話さえ聞かせることができればいい。犯人がどうしてストリートファイターだけを狙うか、などという“動機”はいらなかった。“結果”をもたらすに十分な“情報”量こそが大事だった。
 新しい話。それが大事。
 その動機が“結果”のために不可欠だとすれば、苦心してでも推測するべきだろう。しかし、すでに“結果”はほぼ完成に近づいている。
 感情的な部分はマイクにとって不要だった。
 継母は何故シンデレラをいじめるのか。、豚の血を浴びせられたキャリーが何を思ったか。そういったものはいまの彼にとって意味を持たない。肝心なことはシンデレラはプリンス・チャーミングと結ばれ、キャリエッタ・ホワイトは舞踏会の惨劇を引き起こしたということ。それだけだ。典型的なアメリカ人がそうであるように、大事なことは“動機”よりも“結果”。情報の“有用性”。
 彼はいまやストーリーテラーだった。
 知らないことはただは登場人物の心情と、そして結末だけ。

 いいぞ。よしよし。


 
 その日、マイク・ドースンは夢を見た。
 彼はトゥーマッチタウンの西北部、ジョウドエリアに立っていた。薄暗い2試合の町の中でもこの区画は特に陰気な雰囲気が漂う街だった。住民も少なく、廃ビルの数は群を抜いて多い。殺人には打ってつけの場所だった。黒猫が彼の目の前を横切る。どこからか足音が聞こえる。足音はだんだんと近づいてくる。彼は振り返り、足音の主を見た。闇に溶け込んでおり、姿ははっきりと確認できない。ただゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。“あいつが例の殺人鬼なのだ”。
 マイクは恐怖していなかった。
 夢の中にいることはもちろん知らないはずだが、彼の心は臆していなかった。それよりも歓喜。彼は指を指して叫びたかった。
 「見つけたぞ!俺はお前を見つけたぞ!」

 マイク・ドースンが顔を伏せているテーブルの上には、赤ペンで大きく『ジョウドエリア』と書かれたファイルが乗っていた。下手くそな字ではあったが、それは堂々として映えていた。
  
 マイク・ドースンは今は亡き兄に応えるように、見事に次に事件が起こるであろう場所を突き止めた。自信は大いにあった。今までやってきた中でも完璧な仕事だと思った。
 そして、金を思った。
 このことはどうしようもなく彼の頭の中を巡っていた。それは一番欲しいものだったから。
 
 目覚めたのち、彼はこの情報をドンキホーテにも届けなくてならない。昨夜のロイ・ベーカリーの態度を見て、彼は少し罪悪感を感じたが、こればかりは果たさなくてはならない。商売に関わる下手な噂は立てられたくない。

 許してくれよ、ロイ・ベーカリー。
 でも、健闘は祈ってる。
 あんたならやれそうな気がしてきた。
 ぶっ飛ばしてやんな、ヒーロー。

 


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