『ANGEL』
プロローグ
| 夜風が吹き抜けるヘブンズヒルの路地裏を1人の男が駆ける。 肉体に鞭を打ち続け、息も絶え絶えになりつつも、走るのをやめようとはしない。 疲労と、焦燥の汗が包まれながらも、駆け続ける。 もうすぐ家に着く。 三週間に渡る逃亡生活。 なんと長い道のりだったろうか。 帰ったら娘を連れて、急いでこの国から出るんだ。 この狂気の国から。 フレッド・アニスは夢を見た。 娘と静かに平和に暮らす、ただそれだけの事を夢見た。 それは、危険をはらんだ大きな夢だった。 フレッドの前に黒服の男達が立ち塞がった。 慌てて引き返そうとするも、背後にも同じように黒服の男達が立っていた。 フレッドは彼らが何者か知っている。彼らが“天使”だという事を。 逃げ場は、ない。 フレッドは絶望した。 空が晴れわたっている真昼時、一際大きい屋敷の廊下。 「ひょっとしたら一財産築けるかもしれねぇ‥‥!」 情報屋ペイン・シーカーズは胸が高鳴るのを感じた。 あの扉の向こうに情報の買取主がいる。 ペインは書類の入った封筒をひしと抱えていた。 すっかり禿げ上がった額に汗がにじんでいた。 うだつの上がらない風体のその中年は、 絶好のチャンスをモノにせんと燃えていた。 あのカーマ・ギアを相手に商売をするんだ。 今まで俺を馬鹿にしてきた同業の連中にそんなマネできるか? ペインは少量の不安と大いなる優越感を持っていた。 この屋敷を訪れた時からペインは圧倒されていた。 おおよそ自分の様な“庶民”には到底住めそうにない豪華な屋敷。 同じガイアの人間でこうまで差があるものか? 羨望の眼差しで見つつも、ペインはこれなら“商品”をさぞかし いい値で買ってくれるに違いないと期待に胸を膨らませた。 情報屋を営んで20年、初めての大仕事。 俺もいつかきっとこんな屋敷に住んでやる。 億クラスの豪邸に住んで、ベルサーチのスーツを着こなして、 ロレックスの腕時計をはめて、いや上流紳士を気取るんならピゲかバセロンかな? そしてジャガーを乗り回すんだ。 そうすりゃ愛想つかして出てった女房ともきっとよりを戻せる。 俺の手中にあるこの書類がそれを叶えてくれるかもしれねぇ。 これを足がかりに俺は一流の仲間入りさ。 もう三流情報屋なんて呼ばせねえ。 警察機構から半ば盗むようにして手に入れたこの情報。 手に入れられたのは偶然と幸運の賜物だった。 所詮俺はアンダーグラウンドの世界に生きてるんだ。かまやしねえ。 手段は問題じゃない。バレなきゃいい。金になりさえすればいい。 この情報はきっと金になる。 やっと運が、俺に巡ってきやがったんだ。畜生待たせやがって。 足が沈みそうなくらい柔らかい絨緞の感触を踏みしめながらペインは夢見心地だった。 そしてペインは屋敷の主の部屋へと通された。 「初めましてMr.ギア、私ペイン・シーカーズと申します‥‥」 庭園に面した明るい陽が照らすその空間に、商売相手がいた。 カーマ・ギアは昼食が並べられたテーブルの前に座っていた。 「‥‥‥‥。」 その目がペインに向けられた。もっとも視線はサングラスでみえなかったが。 ブランド物だろうか。シャープなデザインの派手めなサングラスだ。 キザな白いスーツ。ブロンドの髪はオールバックでキめて肩までのびている。 年は30代くらい。その若さでこんな屋敷に住むとはやるなぁ。 テーブルの周りには黒服の体格のいい男たちが陣取っている。 さすがに警戒は厳重ですなぁ。わかりましたヘタは打ちません。 俺はただの“商人”ですから安心してください。 ペインは努めて愛想のいい笑みを浮かべて話を切り出した。 「お食事中失礼いたします‥‥」 ペインの目がテーブルの上に行った。 分厚い牛肉の香ばしい匂いがペインの鼻にも届いていた。 「昼からステーキですか。さすがですなぁ〜」 「さっさと見せたまえ」 うっ。この手の連中にはさっさと本題に入った方がいいみたいだ。 「は、はい。今日は耳寄りな情報を持ってまいりました。 ああなた様ならきっとお役立ちになるかと‥‥」 ちょっとどもった!がんばれ、俺!しゃんとしろ!堂々としろ! “こいつ、なんか頼りなさそうだなぁ”とか思われたら終わりだぞ!? ペインは胸をはった。出来る限り“商品”を高く見せるのだ。 「コホン、これはかなり重要機密でしてね、 警察内部でも一部の者しか知らない極秘情報でして‥‥」 「早く見せろ。殺されたいのか?」 「い、いいえ!とんでもございませんっ!」 やべ。ホントにさっさと見せた方がいいみたい。 「ま、まずはこれです!どうぞ!」 ペインはとっておきの写真を手渡した。 そして受け取ったカーマの手を見てギョッとした。 その手は光沢を放つ金属で出来ていた。義手だろうか‥‥? 「‥‥。」 カーマは写真を見た。 こめかみを銃で撃ち抜かれ、血まみれになって死んでいる初老の男の写真。 「‥‥‥‥。」 無言のカーマ。 ふっふっふ。それだけでは何が重要なのかわからないだろ? その男の正体を知ったらあんた腰抜かすぜ? 「えー、それだけでは何の事やらわからないでしょうが、実はその男の 正体というのがですね〜、なんと!聞いてビックリ!」 「CIAのグレイヴィ・マリンヴィルか」 「はい‥‥そうです」 続きをスッパ抜かれ、ペインは唖然とした。 「よ、よくご存知で‥‥」 「ダラスのJFK暗殺事件の真相隠蔽にも関わった、ある方面ではちょっと有名な奴だ」 「え、そうなんすか!?」 いやダメじゃん。情報屋の俺が客にモノ教えてもらってどうするよ。 いかんいかん焦るなペイン。安心しろ、武器はまだとってある。 「コ、コホン、それでですね、その事件が起こった日というのが重要なんですよ!」 「写真の日付はこないだの15日。ゴライアスガーデンにライフルを持った男が 乱入した事件とほぼ同時に起きたという事か。地面のこの独特の舗装の仕方から みて場所はガーデンのサウスエリアのスラム街といった所か。近いな。 偶然とは思えないな。あのテロ事件はCIAが関わってるかもしれない、か‥‥」 あんたわかりすぎだよぉ!俺立場ねえじゃん! 「そして、マリンヴィルが1人で来たとは思えない」 「そ、そう!それなんですよ!」 よっしゃきたァーッ!ここからは俺のターンだ! 「マリンヴィルと同行していた男がいたんです!こいつです!ジャーン!」 マリンヴィルよりも幾分若い、長髪の男のパスポート用写真。 「私が思うにですね!こいつが事件の鍵を握ってるはずなんですよ!」 「あいまいな憶測なんぞ聞いていない。こいつは誰だ?今どこにいる?」 「あ、いえ、知りません」 俺のターン終了。 「‥‥‥‥‥‥。」 カーマの唇の両端がみるみる吊り上がる。 あの、それ、笑ってるんですか。なんか、その笑顔、こわいんですけど。 あの、なんで、黙ってるんですか?あの、私、なんかまずかったですか? 「いけない子ねぇン‥‥」 カーマがつぶやいた。 周囲にいた黒服の男たちの顔に緊張が走った。 本来守るべき対象であるカーマ・ギアから一歩、後ずさる。 彼らは知っている。カーマの口から女口調が漏れるのは、 かなりの“危険信号”だという事を。 「あ、あの、すんません!その男の事もよく調べておくべきでした!」 「ああ、それはね、別にいいのヨ」 カーマはゆっくりと席を立ち、ペインに近づいていった。 190cmの体躯が、ペインを見下ろす。 ペインは焦った。おいおいなんか風向きが怪しくなってきたぞ? 「顔写真があるからそれはこっちで調べとくワ。問題なのはね‥‥」 「は、はい‥‥」 「あんたさ、人の食事中にさ、なんて物見せんのよ?」 「え?」 「人がおいしくステェキ食べてる時に血まみれの死体の写真なんて見せる普通? 食事中に血なんて見せられたら食欲失くすじゃない?」 「え、いや‥‥」 「ちょ〜っと配慮が足りないんじゃな〜イ?」 「す、すみませんっ!」 「ワタシね、今日は朝からすごく機嫌悪いのよ。ホントはインドに観光旅行に 行くはずだったのにとある事情で中止しちゃったのよ」 「そ、そうですか‥‥」 で、でもそれは俺のせいじゃないし。 「楽しみにしてた旅行が中止になるわランチの時間に不快な物見せられるわ、 あんたひょっとしてワタシの事ナメてる?」 「い、いいえ!とんでもないです!」 「おまけに顔写真出しといて正体も居場所もわかりませんなんて 中途半端な情報あてがわれてワタシすごく不愉快だワ‥‥!」 いや、それは別にいいんじゃなかったんですか!? 「あんたもう‥‥死んでいいワ」 金属の手がペインの喉元をつかんだ。凄まじい握力が加えられる。 「!!!!!」 苦しい!痛い!ま、待てまずは反省しよう!何が悪かったか? そう、あれだ、もっとしっかり認識しとくべきだったんだ。 カーマ・ギアがマフィアのボスだったという事を。 金属の爪が首にグイッと食い込む。 「許してッ‥‥次から‥‥気をつけますからぁ‥‥!」 「次なんてないわよ三流情報屋。今死んで」 鈍い音と共にペインの夢と人生は潰えた。 「ちゃんと拭かないとね、サビになると困るのよ」 カーマは手を拭う。布巾は真っ赤に染まっていた。 「CIAね‥‥他の書類も大した事書いてなかったし、 これはあんまり金の匂いはしないわね‥‥」 書類の入った封筒をゴミ箱に放る。 そしてテーブルの上に残った謎の男の顔写真を手に取った。 「金の匂いはしないけどこの男‥‥“セクシィ”な匂いはするワ‥‥」 黒服の部下の1人が口を開いた。 「ボス、昼食はもう片付けましょうか?」 「なんでよ。食べるわよ。血見たら食欲わいてきちゃったワ!」 「その右手、どうしたんだ?」 友人からの質問に、張(チョウ)は顔をしかめた。 いかつい顔がさらにいかつくなる。 「‥‥ジャッブにやられたんだよ」 苦々しげに包帯を巻いた右手をさすった。 ガイア共和国、ヘブンズヒル郊外のある邸宅。 一見普通の住宅であったが、その実マフィアのアジトであった。 しかし張の所属するチャイニーズマフィア、『三合会』(トライアド)ではなく、 『ANGEL』(エンジェル)のアジトであった。 赤い絨緞の敷き詰められた広い客間で2人は談笑していた。 幹部が留守にしている事もあり、彼らは気兼ねなくくつろいでいた。 「サムライ・ソードで真っ二つに裂かれた。一瞬何されたかもわからなかった」 ヒュウ、とサンドは口を鳴らした。 張の、190cmはあるごついガタイと強面のアロハシャツ姿とは対照的に、 細身の体に眼鏡をかけた知的なスーツ姿。 ソフトな印象だったが、彼は『ANGEL』の一員。れっきとしたマフィアだった。 「すげぇな。ホントにそんな日本人がいるんだ」 「おまけにうちのボスと懇意になりやがったから俺からは迂闊に手は出せねえ。 ‥‥あんたらで殺ってくれねぇかな?」 「う〜んしかしそんな危険な奴を殺れる奴を使うとなると、金がかかるぜ?」 張のティーカップに紅茶を注ぎながらサンドは言った。 「えっ、やっぱそうなん?俺、そんなに金ねえしなぁ‥‥」 「お互い三下はツライよなぁ」 「三下ァ!?馬鹿にすんなよ俺は違うぞ?こないだだって俺はボスの影武者を 勤めたんだぜ?」 「いやそれおもいっきり捨て駒じゃん」 「えっそうなん?」 肩を落とす張。 「トホホ‥‥俺も今年で30才になるっつーのにそろそろ 肩書きの一つも持ちたいぜ‥‥」 愕然とする張を面白げに見つめるサンド。 「‥‥でさ、その日本人てどんな奴?」 「ああ、確かクロガネっていうジャパニーズマフィアで‥‥」 「サンド、フレッドを連れてきた」 突如扉が開け、入ってきた男を見てサンドはすぐさま起立した。 張は座ったままポカンとして今入ってきた男を見る。 ダークスーツに冷たい感じの目をした中年。一見してサンドよりずっと格上だとわかる。 「フレッドの兄貴がですか‥‥!?」 「‥‥もうあいつを“兄貴”と呼ぶ必要は、ない」 張が横からサンドをつついた。 (なぁ、あいつ誰?) (クレオさんだ!幹部だよ。このアジトのNo.1だ!) まもなく黒服の男たちに囲まれ、フレッドが到着した。 いや、“連行”されてきたというべきか。 後ろ手を縛られたまま、クレオの前に投げ出されたその顔は赤く腫れ上がっていた。 すでにいくらかリンチを加えられていたらしい。 ものものしい雰囲気に包まれて張は緊張した。 (あれがフレッドって奴か‥‥俺と同い年くらいだな‥‥ きっと何かヘタ打ちやがったんだな‥‥) 「そいつは誰だ?」 クレオが張を訝しげに見る。サンドは答えた。 「ああ、俺の友人です。三合会の人間です」 「悪いが今すぐお引取り願え。もうすぐボスも到着する」 『もう来ているよ』 その声に、場にいた一同は緊張した。張も。 (お、おいおい‥‥幹部だけでも緊張モノなのにボスまで来ちゃったよ‥‥!) 入り口に立つその男は一同の中でも頭一つ抜きん出て背は高かった。 細身の長身に、真っ白な上質のミンクのコートを肩にかけていた。 コートのすそからチラリと見えた白銀に輝く金属の手が異様だった。 オールバックのブロンドに白いスーツ。しかし中はYシャツではなく、 ツメエリの服を着込んでいる。 サングラスで目元は見えなかったが、張は得体の知れない不気味さを感じた。 (お、俺‥‥早く帰った方がいいみたい‥‥) 「同業者ならかまわん。ゆっくりしていきたまえ」 『ANGEL』のボス、カーマ・ギアの一言で、張はその場に留まる事になった。 (帰りて〜) 正直張はありがた迷惑だった。 「ボ、ボス‥‥?確か今日からインドに旅行に行かれたはずでは?」 サンドがおそるおそる口を開いた。 「中止した‥‥このタコがみつかったからな」 言うが早いか地面に横たわるフレッドの腹に蹴りを入れた。 うめき声が漏れる。 「よく探し出したなクレオ、とても“セクシィ”だ」 「‥‥恐れ入ります」 クレオが静かに一礼した。 「飛行機のチケットを2枚持っていました。おそらく娘と国外へ出る 腹積もりだったのでしょう。あと一歩遅ければ逃げられてました」 「ほう‥‥さてフレッド、何かいう事はあるかな?」 フレッドは不安げに顔を見上げた。 “裁判”が始まった。 「フレッド、君がやっと捕まったと聞いたからわざわざ旅行を中止して 飛んできたのだよ。何か言ってくれたまえ」 「ボス‥‥勘弁‥‥してください‥‥」 フレッドは息も絶え絶えだった。 カーマは黙って見下ろしていた。その顔は楽しんでいる風にも見えた。 いや、事実楽しんでいるのだろう。 せわしなく金属の指を小刻みに動かすカーマ。『キャリキャリ』と音が鳴った。 「フレッド、君は自分が何したかわかってるのかな?」 「勘弁してください‥‥」 「君を信用できる人間だと思ったからこそ組織の経理を任せたのだよ?」 「勘弁してください‥‥」 「なのに何?組織の金10万ガイアドルすっかかえてトンズラぶっこくたぁ どういう了見?了見つーかむしろどういう神経なのヨエエ!?」 突然ヒステリックに叫ぶと今度は靴先で顔を蹴飛ばした。 腰の力の入った、スナップの効いた蹴り上げ。 手を縛られたまま転がるフレッドの顔の下半分が鼻血で染まった。 絨緞にも血が伝ったがあまり目立たなかった。こういう時の為の赤い絨緞だった。 張はその様子を固唾を飲んで見ていた。 可哀想だが、よそ者の自分が口出しなどできない。 「これだけ深く組織に関わった君が今さら抜けられると思ったのかね? ワタシの10万ガイアドル、どこへやった?」 「‥‥‥‥!」 フレッドは痛みと恐怖の中で、ボスを見上げた。 金を返そうが返すまいが、この男は決して自分を許さないだろう事を悟った。 そして、静かに覚悟を決めた。 「もう‥‥ありません」 「‥‥は?」 カーマの言葉に明快なまでの怒気がこもる。 「金は全て‥‥ラバンダに寄付しました‥‥ せめてもの‥‥罪滅ぼしに‥‥‥‥」 フレッドは泣いていた。 「ボス‥‥私はもうこの仕事を続ける事はできません‥‥いや“仕事”だなんて 呼べません‥‥これは‥‥悪魔の所業だ‥‥」 「それで?」 「この稼業に入った時から、手を汚す覚悟はしてました‥‥でも‥‥ 弱者をつけねらって、踏みにじって、利潤を搾り取り続ける ここのやり方に、俺はもう耐えられません‥‥!」 「ン〜それで?」 楽しげなカーマにフレッドは涙を噛みしめた。 「ボス!あんたわかってるはずだァァ!!平和な国だったラバンダを 滅茶苦茶にしたのはゴードンと俺たちじゃないですかァ!!」 「‥‥‥‥。」 「いけない子ねぇン‥‥」 カーマの口調の変化に張以外の一同は戦慄した。 “リミッター”が解除された事に戦慄した。 「‥‥クレオ」 カーマはサングラスに手を当てた。 「クレオ‥‥‥‥我々は何?」 「‥‥‥‥。」 クレオはくぐもった声で答えた。 「わ、我々は‥‥ANGEL(天使)です」 「そう、我々はエンゼルッ!」 カーマは客間の中央に掲げられた肖像画を指した。 ガイア共和国大統領、ゴライアス・ゴードンの肖像画を。 「ガイアの英雄、ゴライアス・ゴードンを神とし、ガイアの地に恵みを 育む天使!天使は大義を貫く為には如何なる犠牲も恐れない!」 カーマはニタリと歯を見せて笑った。 「つーか犠牲者なんぞの声に躊躇してどうするのヨ?」 天使の笑みじゃねぇ。 張はそう思ったが黙ってた。 「フレッド、あんたの気持ちなんて知った事じゃないのよ。要は組織の金を ガメるたぁナメた事してくれんじゃねぇかすげぇムカつくって言ってんのよ」 「!‥‥」 「何?自分だけ自己満足でいい子ちゃんになってトンズラして 外国で娘と楽しく暮らすつもりだったわけぇ?慣れない異国の生活には 色々と物入りで大変よねぇ‥‥なんなら負担減らしてあげよっか?」 「‥‥?」 フレッドは言葉の意味が理解できなかった。 カーマの顔はさらに凶々しく、恍惚と微笑んだ。 「娘も一緒に殺してやろうか?って訊いてんのさ」 「なッ!‥‥そんな!ロミは関係ない!!!」 「ロミっていうの?覚えとくワ☆」 「や‥‥やめ‥‥やめてくれ‥‥ッ! 娘はまだ12才なんだ‥‥!」 「おーおー、オホホゥ!」 カーマは楽しんでいた。手を叩いて喜んだりしていた。 甲高い金属音が響く。 張はえらい現場に居合わせてしまったと心の中で嘆いた。 (義手か‥‥?それに何なんだよあのオカマ野郎‥‥ ヤな性格してるよなぁ‥‥うちの黒星頭目もかなり性格悪いけど あいつもたいがいだ‥‥) 「大した狼狽っぷりねェン。まあワタシもそこまで鬼じゃないワ。 あんたに選択肢をあげようじゃない」 「選択‥‥肢‥‥?」 「フレッド、あんたか娘か殺すのはどちらか1人だけにするワ。 さぁ、シンキンッターイム!」 芝居っ気たっぷりに両手を挙げ煽るカーマ。 「え‥‥ま‥‥待ってくれぇ! お、俺が死んだら、娘は生きていけな‥‥ガ、ガハア!」 フレッドの口から反吐が漏れた。 「ゲホ‥‥ゲホッ‥‥」 「ちなみに制限時間は10秒よン。時間オーバーしたら両方死刑ネ☆ はいテーン!ナイーン!エイトセブンシクスファイブホースリツーワン 「おお俺を殺せェェェェェーーーーーーッッッ!!!!!」 フレッドは絶叫した。 「娘は‥‥‥殺さないでくれぇ‥‥!」 涙と血に濡れた咆哮だった。 「お〜お〜なんと麗しい親子愛!‥‥ファイナルアンサー?」 死に体のフレッドを楽しげに覗き込むカーマ。 「はい‥‥」 「オゥケェイ‥‥」 次の瞬間フレッドの顔にカーマの金属の爪が食い込む。 そのまま一気に持ち上げられた。 成人男子が軽々と持ち上げられるその様に、張は呆気にとられた。 「フレッド、あんたが天国に行ける事を祈るワ」 「‥‥‥‥。」 「だからあんたもワタシの幸福を祈りなさい」 「‥‥!?」 「娘殺すわヨ?」 もはやフレッドに抗う術はなかった。 「‥‥カ‥‥カーマ・ギアに祝福を‥‥」 「“天使の神託のままに”」 張は信じられない光景を目の当たりにした。 光に包まれる2人。その中で凄まじく痙攣するフレッド。 否。2人を包んでいるのは、『電撃』。 (あの鉄の手から発してるのか!? め、目に見える稲光‥‥一体何万ボルト流れてるんだ!?) 張はなぜあんな奴がボスの座に君臨してるのかやっと理解した。 (カーマ・ギアは“化け物”だ‥‥! ナヨナヨした奴だと思ってたがとんでもねえ!あの手は完全な殺人凶器だ‥‥!) 地面に横たわる“フレッドだった物”。 黒い煙を噴くそれはもう顔も判別できなかった。 「ワーオ処刑しゅーりょー。さ、行くわヨ」 毛皮のコートを翻し、扉へと向かうカーマにクレオが聞き返した。 「どこへ行かれるのですか?」 「どこって決まってるじゃない」 カーマがニィッと微笑んだ。 「ロミって子を殺しにいくのよ。 ワタシ、旅行中止しちゃったから暇なのヨ」 こいつ悪魔だ。 張は思った。いや、その場にいた他の全員もそう思ったはずだ。 「チッチッチ‥‥一族郎党皆殺しは処刑時の常識ヨ? 後になって仇討ちとか来られたらウザイでしょお? ワタシ、悪役になんかなりたくないのよ」 本当にえらい現場に居合わせてしまった。 張は一刻も早くこの場を去りたかった。 「あ、あの‥‥じゃあ俺はこれで‥‥」 「お待ちなさいナ」 一番呼び止められたくない相手に、張は呼び止められた。 カーマが白い歯を見せて笑う。 「せっかくだからあなたもついてきなさいな。最近の三合会の事とかも聞きたいし」 張は情けない顔でサンドに救いを求めた。 サンドの目は「断ったら何されるかわからないよ?諦めろ」と言っていた。 「そ、それじゃあお言葉に甘えて‥‥」 張は愛想笑いを作りながら仕方なくカーマの後ろについていった。 今日は嫌な一日になると思った。 そして、その日は張にとって忘れられない一日となった。 |
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