『ANGEL』

エピローグ2「Dark side fear」


「うひゃあ‥‥」
張は目の前の光景に、唖然としていた。
大時計塔内。
赤い血に染まりつつも、ぎこちなく回転する歯車。
はるか上部では破壊された壁の一部から夜空が見えていた。
ここで凄まじい戦闘が行われた事は想像に難くなかった。
レプタイルとカーマ・ギア。2人の怪物が戦い、そしてカーマが敗北した。
おそらくは、あの歯車の中だろう。
「悪運尽きたようだな‥‥」
悪党に相応しい最後、というべきか。
しかし人気の退いた場所とはいえ外壁も破損してるからいつ警察がやってくるか
わからない。
自分も早く退散するべきと判断した。

しかしこの状況を前に、張の心の中に「欲」が芽生えた。

張もまた、れっきとしたマフィアだった。
「ボスが潰れて、『ANGEL』もこれで一巻の終わり‥‥
 考えてみりゃあ今この事を知ってるのはレプタイルと俺だけ‥‥
 ということは‥‥」

司令塔を失った組織など敵ではない。
「三合会」が「ANGEL」を取り込めるかもしれない!

みるみる鼻息が荒くなった。
「なに、俺、ひょっとして出世の大チャンス到来!?
 よっしゃー!こういうのは時間勝負だ!早速ひとっ走り‥‥」
ふと張は違和感を感じた。
「‥‥‥‥」
辺りを見渡した。静寂。特に異常はない。
否。「静寂」こそが異常であった。
ぎこちなく回転していた歯車が、いつのまにか停止していた。
「あれ‥‥壊れちまったのかな‥‥?」
しかしやがて歯車は再びゆっくりと回転し始めた。

逆方向に。

「え‥‥‥‥」
ぎこちなく。時折止まりつつも。歯車は逆方向に確実に回っていた。
まるで中から何か力を加えられているかのように。
「!‥‥‥‥」
張の脳裏に恐ろしい想像がよぎった。

まさか。生きてるわけがねえ。

「落ち着け。落ち着け張!
 ホラー映画じゃねえんだ、そんな事が起こるわけがねえ‥‥!」
自分に言い聞かせる張をよそに、歯車は断続的に回転を続けていた。
「な、なんなんだよぉ‥‥いいじゃねぇかよぉ‥‥
 悪い奴ァ死んで、お姫様は助かって、ハッピー・エンド。
 それでいいじゃあねえかよぉぉ‥‥!」
張は心の中で祈りまくった。

出るな。出るな。出るんじゃねぇ。

回転する歯車の中から血にまみれた「それ」が現れた。
血に濡れて輝く白銀の、手。
「〜〜〜!!!」
それがかすかに動いた。
『キャリッ‥‥』という音が耳に届いた瞬間、張は駆け出した。

絶叫しながら脱兎のごとく駆け出した。
時計塔内から飛び出し、一心不乱に叫びながら聖堂を駆け抜ける。
教会を出た後も走った。ただ走った。吼えるような悲鳴を上げながら。
振り向く勇気などなかった。
ほのかに芽生えた野心など跡形もなく消し飛んだ。
この日以来、張は二度と『ANGEL』と関わろうとはしなかった。


この後、時計塔内で何が起こったかは定かではない。
ただ。
破壊された大時計も、血まみれになった歯車も、報道機関にとり上げられる事はなかった。



『ANGEL』・完


 


エピローグに戻る
図書館に戻る