デートは命懸け

ファイナル


「きゃああああああああああああ!?」
「雪ぴょん!?」
 悠浬が悲鳴の方を振り返ると、一人の男に雪絵が頭に銃を突き付けられていた。
 腕を折って、倒したはずの禿頭だ。
 再起不能と思っていたが、意外とタフだったようだ。
「な、なめんなよ。クソガキが。テメーの連れだってのは、さっきの悲鳴でわかってんだ」
 追い詰められた者特有の卑下た笑みを禿げ頭は口元に貼りつかせている。
 こういう表情の人間は、何をしでかすか分からない。
 悠浬は経験で知っていた。
 傍らのモニカが、くだらないといった眼で、煙管を吹かせた。
「やめておけ。貴様のような三流では、この青年の相手は務まらん」
「なめんな、そんなガキに俺が負けるか!」
「雪ぴょんを離すッス!」
 悠浬が、始めて携帯していた拳銃を抜いた。
「何してやがる!」
「離せと言っているッス」
 拳銃を男に向ける。
「銃なんざ、抜きやがって! このアマがどうなっても良いってのかァ?」
「もう一度だけ言うッス」
 悠浬の表情が変わった。
「離せ」
「……!」
 無感情で平板な声が、禿げ頭に向けられた。
 口調の変わった悠浬に、男の目が張り付けになる。
「……さもなくば、殺す」
 爽やかな笑顔を消し、無表情な、人形のような、硝子玉のような瞳で男を射抜いた。
「ひっ!」
 男は身を竦ませる。
「畜生!」
 男は狂ったように叫んで、引き金の指に力を込めた。

 ダーン!
 ダーン!

 二発銃声が鳴り響いた。

「うぐゥッ…」
 男が呻き声を上げて崩れ落ちた。
「三流が…」
 モニカの左腕には硝煙を上げる拳銃が握られていた。
 目にも止まらぬ速さで懐から、拳銃を取り出して男の足を撃ったのだ。
 悠浬も拳銃からも硝煙が上がっている。
 彼の銃弾は男の身体のどこにも当っていない。
 外したのではない。
 モニカは知っていた。
 悠浬の銃弾は、雪絵の顔の真横にあった男の拳銃を吹き飛ばしていたのだ。

 モニカと悠浬の二人は、まるでダンスのポーズを決めるように肩と拳銃を隣合わせていた。
 
「恋人の顔の横を躊躇いもなく撃つか?」
 モニカが悠浬の耳元で呟くと、悠浬は元の爽やかな笑顔に戻って返した。
「マフィアが心臓じゃなく手足を狙うッスか?」
「フッ…」
 モニカは懐に拳銃を仕舞った。
「アマちゃんと言いたいのか? それなら貴様もだ。殺す気なら二発撃つのが常套だ」
「そうッスね」
「……優しいことだな、青年」
「ボクはいつでも優しいッス」
 言葉とは裏腹に、悠浬の笑顔は人を斬るように鋭かった。
 それに気づいたのは、モニカだけだ。
「……後始末は、貴様がやれ。我々は帰る」
「わかったッス。ああ、でも、良く考えたら、お姉さん銃刀法違反ッスよ」
「……見逃せ」
 悠浬の喉元にモニカの煙管が突きつけられる。
「冗談ッスよ。冗談。協力に感謝してるッス」
「貴様の冗談は解からん」
 モニカは煙管を戻すと、男たちに片手を上げた。
 それだけで、男たちは軍隊のようにレストランの出口に整然と並んだ。
「もう貴様とは会いたくないものだ」
「ははは…」
 渇いた笑い声を上げる悠浬。
「アリーヴェデルチ」
 モニカはコートの裾を翻して、悠里の顔を弄った。
 悠浬は拳銃をクルクルと回した。


「ひーちゃん! 怖かったよ〜!」
 モニカたちが去ったのを見計らって、雪絵は恋人に向かって駆け出した。
 本当はすぐに抱きつきたかったのだが、悠浬の側に「怖いお姉さん」がいたので、我慢していたのだ。
「ひーちゃ〜ん!」
「雪ぴょ〜ん!」
 悠浬が雪絵を抱き抱えようと両腕を広げた。
 瞬間。
「きゃあっ!」
 雪絵は散らばった料理に足を滑らした。
「ぎゃふっ!?」
 そして、床に熱烈な歓迎を受けた。
 そのまま、痙攣して、動かなくなった。
「雪ぴょん、大丈夫ッスか?」
「……」
「もしも〜し!」
 返事がない。
 ただの屍のようだ。
 いや、息はしているようだから気絶しただけだろう。
「何だかなぁ…」
 さすがの悠浬も溜め息をついた。


 翌日、公園にて。
「ひーちゃん、昨日はカッコ良かったわよ♪」
「ははっ、照れるッスよ」
 改めて、悠浬と雪絵はデートをしていた。
 悠浬は特別休暇を課長に申請し、「男女の愛こそが次世代の平和を作るッス」と謎の理論をぶちまけて、強制受理してきたのだった。
「雪ぴょんのためなら、何でもできるッス」
 さりげなく言うところが凄い漢だ。
 顔を赤らめる雪絵。
 悠浬は雪絵の髪を掬った。
 雪絵が目を閉じる。

 ドカーン!

 爆音と震動。
 二人の後ろで爆発が起こった。
「銀行強盗だー!」
「…またぁ? 今日もデートできないね」
 頭を抱える雪絵を、悠浬は優しく抱き締めた。
「雪ぴょんのためなら、何でもできるッスよ。そういうわけで、今日は、とことん非番ッス。日本の警察はそんなに無能じゃないッスよ」
 そう宣言して、雪絵の唇に自分の唇を重ねた。

 

Fin


 


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