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自分は今、羊であると彼は思った。

上空を駆ける対地攻撃ヘリを確認した後、
警戒して密林に逃げ込んだ。
なるべく死傷者は避けるべし、という上からのお達しに従った。
もうすぐ米軍が干渉する、そうすれば勝ちは決まった。
無駄な血を流す事も無い、と。

密林では重装甲の狼が牙を研いで待っているのも知らず。


このままでは危険ですと、声が聞こえた。
部下である。
ここは装甲車の内側、本来なら戦場でも安全といえる場所だ。
だが、実際の戦場では、ここより危険な所は無い。

正面の熱源反応はメルカバ戦車と確認、とも聞こえた。
メルカバと言えば中近東から反政府軍の連中が手にいれた切り札だ。
それはつまり、自分達は敵の主力部隊と遭遇していると言う事だった。

「敵・・・」
ほんの三日前まで同胞だった、『敵』

「上空から熱源反応接近中!!ヘリです!!」
その声で彼は現実に引き戻された。

『コルギアート自治区防衛大隊』と描かれた装甲車の天井に、
数千の鉛玉の嵐が空から舞い降りた。
対戦車ヘリのガトリング砲だ。

羊じゃない、私刑に処されている道化だ。

彼は我に返り、
「全速力でこの場を離脱!森を抜ける最短ルートを!」
「了解!」
「了解!」

現在これに乗っているのは彼を含めて四人。
声が一つ足りなかった。
だが、そんなことにも彼は気付けなかった。



ほんの三日前まで、この国・・いや、ラバンダという途上国についていて国とはいえないか、
自治区のほうが正しい、公国を名乗ってはいるが。
どちらにしろこの大地はじつに平和だった。
議事堂では毎日議論が続き、隣の家では夫婦が喧嘩し、
犬の散歩をしている老人や、花を愛でていたあの娘が笑っているはずだった。


それが・・・それが、
「森を抜けま

轟音が足元を襲い、とうとう彼らを乗せた装甲車はひっくり返った。
地雷だ。
脱出するのに夢中になって、地雷原に気付いていなかったのだ。

全身が揺さぶられ、反動でハッチが開き、
天井の銃座にあった、四人目が、血にまみれながら倒れて来た。
彼は泣きそうになりながらにそれを見つめ、舌打ちした。
「皆、生きて・・・・・

残りの言葉が出ない。
喉が潰れたかのように、言葉は絞り出てこない。
そこには、装甲車の中にあった精密機器類の下敷きになった、
二人の部下だったものがあるだけで、

それをみただけで、
言葉が出ない。出てきそうも無い。


一ヶ月前からのラバンダの現実、そして、
亡命したラバンダの政治家からもたらされた事実。


「ガイアは次にコルギを狙うかもしれない!」
その一言がきっかけで、
たった一人の中年の一言で、民は不安に駆り立てられ、
はけ口も無く、逃げ場も無く、結局自分達で民は『政府』という仮想敵を作り、
内戦はいともたやすく勃発した。

彼は、静かに装甲車から這いずり出た。

『コルギアート自治区で行われた内紛が、本日未明、鎮圧されました。』

ゆっくりと、歯を食いしばり、頬の血をぬぐった。

『米軍の介入によりスピード鎮圧されたこの内紛では、死傷者も最低限にとどめられました。』

ピチョン、と頭上から音がした。小さな雨粒だった。

『では、次のニュース。今、話題の可愛いお散歩犬の・・

暗雲が立ち込めていた空から、数千の雨粒が降り注ぎ、彼の身を清めていた。


 


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