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ヘブンズヒル郊外の洋風居酒屋、ルディエ。
昼間でもムード溢れる様相が、あまり自分には相応しくないように、
長崎には思えた。

「遅かったな。」
やぶにらみの男が、ぞんざいに右手を上げ、カウンターの奥にたたずんでいる。
情報屋だ。

「こんなところに呼び出して、なんのつもりだ。」
憮然とした態度で長崎が歩み寄る。
「別にお前なんかと真昼間から酒を飲む趣味は無いさ、
 ここの店主には貸しがあってな、無理がきく・・それだけだ。」
不気味な面をした情報屋の隣に座る事に、少なからず嫌悪しつつ、
長崎はどっかと座った。
情報屋の酒臭い吐息が鼻を貫く。

「この前のテロについて――だったな?」
情報屋は古ぼけた茶封筒から数枚の写真を取り出した。

「こいつは・・・」
写真に写っていたのはほぼ原形をとどめる赤い鉄の塊。
それは右側に大穴の開いた乗用車だった。
赤いセダン。ヘブンズヒル内で爆発し、ガスを撒き散らした張本人。

「調べてみたら防弾使用の車に、さらに鉄板を仕込んだ特別製だった。
 この大穴の角度から見て、飛んできたのは中型の推進弾頭。」
「・・ロケット弾かグレネードか?」

「ガスを仕込んでいたと考えると、携行ミサイルということも有り得る。
 どちらにしろご大層な装備さ、テロリストより、軍隊みたいだ。
 犯人は複数に分かれて・・自動車の設置班、弾頭の運搬班とかな、
 そして発射班がどっかのビルの上とかの高角度から車めがけて砲撃し、
 自動車そのものが爆発し、ガスを出したように仕向けた・・・
 そういう仕掛けさ。
 高速で飛んでくる弾頭を目に止められる人間はいないからな・・」


手法は分かったが、それにしても恐ろしく綿密な計画だった。
車や弾頭の手配、砲撃場所の確保、人員の手配。
合法的にも非合法的にもそこいら中に足がつきそうなのに、
驚くべきことにテロリストたちはどこにも痕跡を残しては、
いなかった。

「その他には?」
「皆目見当がつかん。
 そもそもゴライアス・ガーデンに直接ぶつけずに、
 わざわざ市街地のど真ん中でやる理由がわからない。
 それに乗用車を砲撃するのに、
 ロケット弾や携行ミサイルなんか使う必要も無い。
 使う理由が分からん。」

長崎は静かに腕を組み、隣で相変わらずウィスキーを流し込む男を見た。
こんな男が現職のこの都市の警官であり、情報屋であることが不思議に思う。
・・・・まあ、他人のことを言えた義理ではないが。

「分かった・・とりあえずあとは自分で調べる。」
「その前に、事件の数日前に妙な男が入国している。」

長崎は、一度浮かした腰を再び椅子に戻した。

「名義上はスペシャル・エア・サービス・・SASの少佐だったが、
 ある時は国連の平和維持軍、そしてまたある時は一般市民だ。」
「・・・・エージェントか。」

「さあな、コップ(FBI)かカンパニー(CIA)か、
 はたまたジョンブルの犬かどうかは分からんが・・・・
 ちと、きになったんでな。茶髪のやる気のなさそうな白人だそうだよ。」

そこまで聞いて、ようやく長崎は素早く立ち上がり、足早にその場を去った。
早くこの男の口臭から逃れたかったのである。


 


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