8×8の勝負


「ハンバーガーを十人前」

ハンバーガーショップの店員は虚を突かれた。黒いウィンドブレーカーを着た黒髪の少年が頼んだのは
食べられそうにないぐらいに多いハンバーガーだ。

「……ハンバーガーを十人前ですね?」

聞いてみる。少年は肯こうとしたが、訂正を入れた。

「間違えた。ハンバーガーを十一人前とポテトを三人前、飲み物を二人分、それからチキンナゲットを三人分、
領収書を頂戴ね」

他にも注文するかも知れないと付け足すと席へと座る。店員は店の奥へと消えた。何だか相談をしているようだ。

「助かった……奢って貰えるなんて」

「迷惑をかけたしね」

シゲルとゼクスはハンバーガーショップへと来ていた。奢りと言ってはいるが、領収書を請求している辺り、
後で経費で落とすつもりなのだろう。成り行きで一緒になったし、やることもなかったし、何よりも目の前で
空腹により倒れたシゲルを放っておく訳にもいかなかったのだ。倒れた原因は他にもあったような気がするが。
ゼクスは先ほどとは違って落ち着いていた。少し待つと、店員がゼクスの注文したものを持ってきた。

「お待たせしました。ハンバーガー十一人前、ポテト三人前、ストロベリーシェイクとブルーベリーシェイク、
チキンナゲット三人前です」

若干引きつった声で言われる。テーブルの上に置かれたものをシゲルは美味しそうに見ていた。

「これ、夢じゃないよな。もしかして食べようとしたら眼が覚めて腹が減っているかもしれないし……へたしたら」

『さっさと食べろ』

背後でハリセンを持って睨んでいる黒髪の女が居るので、シゲルはハンバーガーを食べた。

「……変わってるね。後ろの人」

平然と言っているがシゲルの背後には誰も居ないように見えた。ただ、見える人物には見えていた。

「見えるんですか?」

「まあ、ね。もしかしたらグレートオールドワンの導きかもしれないな…」

乾いた見せながらハンバーガーを食べている。背後にいるのは幽霊だろう。きっと。それなのにゼクスが驚かないのは
幽霊を信じているタイプであったし、それに変わった人物というのには慣れているのだ。

「今日は災難に見えたけれどラッキーかもしれないな。ここで運を使い果たしたらどうしよう」

「大げさ……」

「最近、運が悪くて」

シゲルはそう言うと話し始めた。追いかけられたり、闘いに巻き込まれたりとしていたらしい。

「見放されたんだね」

「……そうだ。鬼神町って知りませんか?」

「きじんちょう?」

話によると、そこはシゲルの住んでいた町であり、帰ろうとしているようなのだがなかなか帰れないようだ。
鬼神町という響きからして、日本の町だろう。そう言えば何処かで聞いたことがあるような気がするのだが……。
もう少しで想い出せそうな時、テーブルに何かがぶつかった音がした。見ると、シゲルがテーブルに伏せている。
ゼクスは一人分しか食べていない。後は全部シゲルが食べたいと言ったので注文したのだが、多すぎたのだろうか?

「ク……」

「……く…?」

「食ワセロ!!」

それは、一番近い例えが大食い競争が突然始まったようだ。
ハンバーガーが、ポテトが、チキンナゲットが消えていった。大量のお腹が空いたカバが水草を食べているようだ。

「ハンバーガー……そんなに食べて飽きない?」

「モット」

『貴様、節度を持って食べろ!!』

「………悪いけど、彼が満足出来るまで持ってきて」

少なくともそれはシゲルではなかった。中身が変わっているようだ。
持ってきたチーズバーガーとチキンナゲットが、紙の包みと骨だけになった。ポテトも箱だけになっている。
ゼクスはそれを呆れながら、店員や客は驚きながら見ている。
二十分ほどして、食事がようやく終わった。ゼクスとシゲルが座っていたテーブルの上は大量の残骸が残っていた。

「貞男がいきなり……」

「……いくらぐらいかかるだろう?」

「あの、出来るだけお詫びはしますから……と言うか貞男のアホー!!」

「人間の限界はこんなに高いものだったんだ……」

変なところで関心をしているゼクス。彼の回りにも軽く二人前は食べる人たちがいるが今回は多すぎた。

『シゲル、良いことを思い付いた。腹が減ったら大食い大会に出て食べれば良いんだ』

「面白いね……世界中何処を探しても君みたいな人、居ないだろうよ?」

誉めているらしい。
請求書を店員から貰おうとしたゼクスだったが、何かを感じた。たまに働く第六感が働いたようだ。
それは違和感のような、おぞましい何かのような、それは………。
彼は知らない。別の場所で行われている白と黒の攻防が大きく変わったということにだ。

「戦え」

キーンキーンという音と共にゼクスの前に誰かが立っていた。トレンチコートを着た男のようだ。
手にはカードデッキを持っている。
岩崎次郎と言うのだがゼクスはそんなことを知ることはないし、知る気もない。
分類的にはグレートオールドワンと同じに分類してしまったらしい。得体の知れない変わったものと。
グレートオールドワンに関しては一応知ってはいるが、目の前の男は初対面だ。
ゼクスはウィンドブレーカーから素早く大鎌『ザミエル』を取り出すと相手をぶん殴った。

「……殴り飛ばした!?」

「忘れちゃったじゃないか」

シゲルが驚いているのは彼は幽霊だったのだが、ゼクスが殴ることが出来たという点だ。これはゼクスの能力である
物質透過、物を通り抜ける能力を応用し通り抜けるの逆をやっただけに過ぎない。それでグレートオールドワンを斬った。

「たたか……」

「……僕の鎌は当たる」

ごんっ、と斬るはずの鎌を鈍器に使い、ゼクスはもう一度男を殴り飛ばした。

「何だか今日は随分と変な日のような気がする」

『私たちが言える台詞ではないだろう』

『食ワセロ』

「鬼神町だけど、日本に行った方が良いと思うよ?」

「日本に帰ろうにも、帰ろうとしたら、何だか山の上にある都市に行っちゃって……」

「戦……」

もう一発鎌で殴る。後にこのハンバーガーショップでは黒い人と変な人出入り禁止と言うことになったらしい。
食べた代金は全額経費で落としたのでシゲル達は負担をせずにすんだ。
後にハンバーガーショップの店員は語る。”何だか白昼夢を見ているかのようでした”と。


 


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