8×8の勝負
8
| 静かに時は流れて行っていた。 大鎌が振るわれていたり、誰かが買い物をしていると言う時間もあっただろうが、この場所の空気はとても重い。 例えるなら時間も空気も亀の歩みをしていた。亀以上に酷いかも知れない。 かたん、と言う音がする。 随分と打った。とディヴァインは黒のナイトを取りながら、想う。 外の方に並べられている駒は少しだけディヴァインの方が優勢のようだった。ただ、それで安心は出来ない。 「あのオンラインチェスゲームは『Alice In Chessland』と言うが……」 重い静寂が続いたかと重うと口を開いたのは妖術師のだった。あのオンラインチェスゲームには 一応の名前があった。『Alice In Chessland』訳するならば『チェスの国のアリス』だ。 それを付けたのはワッフルを食べている少女ではなく、前の管理人だ。アリスが好きだったらしい。 変えるのも面倒ですから、と理由でそのまま使われているのだ。 「鏡の国のアリスでもチェスが行われていた。あの作品自体は内面世界を表しているようだからね」 歌うようにアルシャンクは語りかけていた。 不思議の国のアリスなどは元々は作者であるルイス・キャロルが、金髪のアリスのモデルとなった黒髪のアリスに 語った話だと言うが、あの話はアリスという少女の心の中の世界を表しているという説もある。 あるいは作者のルイス・キャロルか。 「……以外だな。アリスが好きだとは」 「一つの世界としては、それもまた面白い。ネバーランドもそしてこの世界も、存在し、あるいは巨大な幻だ」 制限時間というのがあるのだが、それを気にしないようにして駒を動かした。動いたのは、ポーンだ。 「幻……だと?」 「現実主義者(リアリスト)かも知れないが、この国も法も全ては意志が集まって出来たもの。妄想の産物だ…… ネバーランドもアリスの世界も、そしてこのチェス盤の闘いも、妄想の産物と言っても過言ではない」 手に抱えれば両手ごと沈みそうな、重苦しい空気をアルシャンクは簡単に作り出すことが出来ていた。 かろうじて、飲み込まれないように、飲み込まれているかも知れないが、それ以上飲み込まれないようにはしていた。 「多種多様だな」 「一つではないと言うことさ。或いは一つなのかも知れないね」 三手ほど先を何とかして読みとり、勝てるように駒を動かしていく。音を立てて駒が動く。 ノートパソコンの画面とチェスの盤面、コンピューターのシミュレーションで、アルシャンクが読めるとは到底想えないのだが。 「チェックだ」 ここに来て、ようやく……と言うべきなのだろうか?チェスの世界チャンピオンが見ても驚愕するぐらいの勝負が、 一つの転機を迎えた……ディヴァインがチェックをかけた。 王を取ることが出来るのだが、王には逃げ道が存在していたし、この程度でアルシャンクが倒せるとは想っていない。 少しだけ空気が軽くなったような気がしたので、それはそれで良いのだろう。 「騎士と兵隊は王を取らんと槍を向け、王は逃げると言うワケか」 そう言いながら、アルシャンクが王を動かした。深追いをすることは出来ない。近くにあるビショップで駒が取られるからだ。 「電脳世界でのチェスの勝負を、ここで着ける」 「俺もそう想っていたから喚んだ。あのゲームでは様々な人間が参加をしているからね。チェスの元チャンピオンから 政治家まで、仮面を被り、あるいは被っているように見せかけて戦争に興じているというわけだ」 それこそ、沢山の人間が参加していた。ディヴァインはサーバーにハッキングをかけたことはなかったのだが、 様々な種類の人間がチェスをしていることぐらいは解る。 「ある種、有名な場所だ」 深追いはすることはなく、先に繋がる手を使う。王を追いつめるための罠を張っていった。 「あそこにマリアというCPUプレーヤーがいる。管理人が大量にデーターを送り込んで作り上げているようだが、 最上級にするとそれこそ上級者でも勝つのが難しい」 管理人である少女が相手として改良を加えていったのがCPUだ。通称、マリアと呼ばれている。他にもアリスやイーディスなども いた。一番難しいのがマリアと言う名前のCPUプレーヤーだ。ニュートラルネットワークを利用して作り上げたとか 言われているが真実は定かではない。大量のデーターやチェスの結果を送り込んで作り上げた。 噂では下手なプレーヤーと闘うよりもマリアと闘った方が良いと言われているぐらいだ。 「……それに数回勝ったことがあるが」 こともなげに言う。自慢するわけでもなく、ただ、ディヴァインは事実だけを言った。 勝ったことはあるがと言うが、それに勝てるのは余りいない。作った本人ですら勝てる確率が百パーセントを行かないのだ。 凝りすぎた、と言っている。アルシャンクは軽く笑った。 「勝てるだろう。あれは所詮機械だ。凝った作りをしているが本質は二進法で動くのは昔から変わっていない。 ―――――――――そして――――」 かつて、コンピューターが学校の体育館を占領するぐらいに大きかったのだが、今では膝に乗るぐらいに薄くなっている。 大きさは進歩をしていても、使っているのはオンとオフで表すことの出来る二進法を使っているのは変わらない。 語りが止まった。 兵隊を一つ、アルシャンクは手に取った。それをある場所へと動かした。 「大抵の本質は、未だに変わっていない」 一つの世界を変える一手を妖術師は薄笑みを浮かべて、使った。 |
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