「欺く月」
最終話
「ママハハ・・・。この時代の空はいつも泣いている。・・・だけど、今日はいつもとは違うみたい・・・。まだ、私達にはする事が多いみたい。もうちょっと付き合ってくれる?ママハハ?」
「クー…!」
ビルに隠れそうな空を見上げながら、ダッフルコートに身を包んだ大きい赤いリボンの印象的な少女は溜息まじりにそう呟いた。
しかし、その口調の中には決心ともとれる力強さも感じられた。
「なにか大変な災いが起きようとしている・・・。闘いは好まぬが、世界のためにはしょうがあるまい・・・」
同時刻、インドのその僧侶は独り言の様に言った。
「キナ臭いな・・・」
「あん?なにがだよ恭介。」「むぐっ!もうむめぇ?(恭介と言っている)」
「今回の大会、僕だけの出場で正解だったかもしれん・・・」
もの思いに深ける少々神経質そうなその少年は大会パンフレットを見ながら言った。
サウスタウンにある超高層ビル。
その屋上に立つ一人の中年らしい男。スーツの前をはだけながら、野望とも欲望ともとれる瞳、そして口元には微笑みを浮かべ言った。
「リッパ―、シャドルーの動きはどうだ?」
「はっ!どうやら、作戦は困難をきたしているようです。現地の兵と連絡が途絶えたらしく・・・。」
「ふん、好きにさせておくものか。潜入調査を続けろ」
「はっ!」
「・・・はん、予想以上に面白いイベントになりそうだ・・・。なぁ、テリーよ・・・。くくく・・・」
風はさらに勢いを増した。
「さ、最悪だ・・・」
どんなものにも気丈に立ち向かって挑んでいた楓が傷だらけの肩を押さえ、そう呟いた。微かではあるが負の光が見え始めていた。
「うぬらの力いかほどか・・・見せい!!」
”鬼”はまさに悪夢のような強さだった。これが・・・殺意の波動?!
「貴様、容赦はせぬぞ!!」
「・・・笑止!」
私の太刀筋をまるで読んでいるかの様にかわす鬼。なんということだ。
最後の最後にこんにも最悪の相手が立ちはだかるとは・・・。
黄龍とどちらが上か・・・。そんな流暢なことを考えている場合ではない、私達の今の状況が絶対絶命なのは変わりはしない。
剣を振った私の目の前に巨大な拳が突如現れた。
「ふんっ!!」
天まで突き上げるかの如し、私の身体は一体どれだけの高さ飛んだだろうか。
・・・勝てない、今の私では、いや、あるいは昔の悪意に満ちた時の私ならば好勝負を演じたのかもしれないが・・・。皮肉なものだな・・・守る物のある今の私のほうが、過去の自身よりも無力だとは・・・。
「か、嘉神さ・・・ん!」
アテナが力を振り絞り叫ぶ、・・・聞こえているよ、アテナ。
『ダンッ!!』
「ぐ、グァァァアアアアアアアアアアアアゥアッッッッ!!!」
叩きつけられた身体は無防備にみしみしと悲鳴を上げた。私の声帯は正直にそれに答えた。
「・・・笑止!笑止!!笑止!!!話にもならぬ!!!」
「余所見してていいのかよ!!」覇王丸が刀に光を纏い振りかぶった。
「ぬんっ!」鬼は両腕をクロスさせるように構えると、残像を残しながらその一閃をかわした。
「ちぃっ!!斬紅郎よりたちが悪ぃぜっ!拳を極めし者かよっ、まんざら嘘じゃねぇってか!!」
苛立ちながら刀を振り回す覇王丸、
「どいてろぉ!」
漂が振りかぶる。
「がつんっ!と、・・・食らいなぁっっ!!」
「甘いわっ!」そう言ったが先か、掌からは巨大な気の弾がでた。
漂が投げたなにかぶつかり、相殺した。
「我を落胆させるなっ!強者を求めたり!!その問いに答えられぬならば、うぬら全員滅殺なり!」
動けない・・・こんなところで終わりなのか・・・。
くっ!
風で雲が泳ぎ月がまぶしく光を放って再び現れた。
「くくく・・・、ふふふふふ・・・・!はぁーーーはっはっはっはっ!!!」
「!!!?」
不意に凄い笑い声が響いた。皆がその声の主を探した。
「!!」
八神だ。
・・・最悪だ。終わりだ・・・全て・・・。
ゆっくりと頭を上げる八神が言い放った。
「なにを遊んでいる?雑魚ども」
「うぬは・・・」
「ほぉう、貴様か・・・。幸運だな、俺はいま気分がいい。
安心しろ。・・・すぐ楽にしてやる!」
アテナが涙声で叫んだ。
「八神さん!勝ったんですね!!血に・・・」
「言っただろう。二度と操られることはない。と」
なんということだ。天命今だ我にあり!八神はオロチに打ち勝ち、自我を再び取り戻した!!
鬼が醜い顔を歪ませ笑う。
「待ち人来る・・・。うぬの力、存分に見せい!」
「くくく・・・、後悔するぞ・・・。」
『この男はこんなにも強かったのか』
数分後に私が思った事だ。
渡りあっている。あの”鬼”と。
「去ねぃ!」
再び腕を交差させる鬼、しかしさきほどとは様子が違う。ゆっくりと八神に近づく鬼。
八神もまた天にかざすように腕を交差させる。
「遊びは・・・」
「瞬獄殺!」「終わりだっ!」
思わず目を瞑らざるを得なかった。再び、瞳を開いた私達に映ったものは・・・
鬼を両腕で捕らえる八神の姿だった―。
「くくくく・・・、月を見る度に、・・・思い出せ。」
八神の背後には空をも覆い隠す巨大な月だった。
「アテナと、言ったかな」
漂さんが私に尋ねてきた。
「はい・・・」
「一つ聞くが、あんたらの時代の医療は、進んでいるのかぃ?」
八神さんの闘いに水を挿さぬように小声で漂さんは聞いてきた。
「はい、特に日本の医学は進んでいて、世界でも屈指だと聞きます」
「そうかい・・・なら、この娘を連れていってくれねぇかい?・・・きっと、俺らの時代じゃ直せない・・・。なぁ、頼むよ」
「いいんですか?・・・漂さん・・・」
「いいってことよ、うるさいガキが一人もらわれるだけでぇ!せいせいすらぁ!」
「・・・解りました。」
「頼むぜぇ・・・、アテナさん」
びっくりした。漂さんがひとまわりも年の離れたあたしに『さん』を付けて呼んだ。
・・・大事なんだ・・・この子が。
気づけば、そこには楓、守矢、漂、それに私しかいなかった。
覇王丸もその傍に倒れていた白い胴着の青年と少女、八神も鬼も、そしてアテナも・・・居なかった。刹那の姿もいつのまにか消えていた。
・・・・地獄門も再び塞がっていた。
・・・・・・・・・・・・還ったのか・・・・・・・・・
一言、君に礼を言いたかったが、余りにも突然過ぎるではないか。
ふふふ、来世か・・・遠いな。
唖然としている皆の中でただ一人、空を黙ったまま見上げる男がいた。
漂だった。響はどこへ・・・。
しかし、訪ねる雰囲気ではなかった。
・・・後日にしよう。
アテナ、聞こえるか?一つ、言っておく君は優し過ぎる。きっとそれで幾度か損をするぞ。
だが、それが君を強くするのだな・・・。
君はきっと私の分身なのだろう。・・・未来の普通の男である私の・・・。
空を見上げた。月に私は柄にもない言葉を捧げた。
『ありがとう』
2001年―。
「炎がお前を呼んでるぜっ!」
一人の青年が天に炎を掲げる。
「なら燃え尽きろ。潔くな!」
もう一人の青年が紫炎を召還する。
「あれが、八神さんの・・・」
「そう、草薙京さん!かっこいいんだから。」
見慣れた顔が八神の背後にあった。麻宮アテナ・・・と、誰だ?
「孤独な男じゃなかったのか?八神。」
少し笑い八神は京を睨みつけた。
「貴様には関係のないことだ。安心して死ね。貴様と、もう一人殺さねばならぬ奴が控えてるんでな」
観客席では覇王丸が観戦していた。見慣れない少女を横に
「かーっ!いいねぇ!!八神もいいが・・・相手のぼっちゃんとも手合わせしてみたいぜ!」
「自然を守るために闘うんです!しっかり勉強しましょうよ!覇王丸さん!」
「かー!早く闘りたいねぇ!」
覇王丸は全く聞いていないようだった。
「行くぜっ!!」
「来いっ!!」
「八神さん!頑張ってください!」
「大丈夫、負けても私がいるからねーー!!」
『ガンッ!』
炎が二つ、宿命とともにぶつかり合った。
庵は語らない―。
完
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