世界最強に挑戦!


 その日も、月の光が静まり返った夜の街を煌々と照らしていた。
 すると、その月の光の中を、物凄い速さで動いている1つの影があった。
 人とは思えないほどの速さで影は走り、ビルの屋上を軽々と飛び移っていた。
 だが、その動いている影はどう見ても、人の形をしていた。
 リボンで縛った長い髪が風になびく。
 高速で動き回る影の正体は、どこからどう見ても1人の少女であった。
 どこに向かっているのかは知らなかったが、その瞳はある一点だけをしっかりと捉えていた。
 少女はしばらくの間、走っては跳び、跳んでは走りの動作を繰り返していたが、ふいにその動きがぴたっと止まった。

「おっと、危ない、危ない」

 ただ前だけを見て突き進んでいたのか、突如目の前に大通りを挟んで大きく開けたビルとビルとの空間が少女の視界に入ったのである。
 その距離は短く見ても50メートルはあった。

「勢いだけで飛べないこともないんだけどね……」

 ポツリとそう呟き、平然と屋上から下の風景を見下ろすと、少女は軽く膝を曲げ、思いっきり地面を蹴った。

「とうっ!」

 まるで大砲で打ち出された砲弾のような勢いで少女は跳ぶと、そのまま空中で3回転し、向かいのビルの屋上に飛び移……ろうとしたが、さすがに距離が長かったためか、変なパフォーマンスを入れたためか、着地のバランスを崩し、ビルの屋上から落ちそうになった。

「おっ……とととと……」

 何とか体制を取り直し、転がり込むように着地すると、少女はすっと立ち上がって、着地の衝撃でずれた眼鏡を直した。

「ちょ〜っとあぶなかったな。ターゲット目の前にして転落なんて、かっこ悪いもんね」

 平然とそう言いながら、両手で体をぽんぽんと叩いてほこりを払い落とすと、少女は体の向きを90度右に転換し、現在自分が立っているビルよりも5階分ほど低い古ぼけたビルを眼光に捕らえた。

「確か、最上階の右から4番目の部屋だったわね……」

 そう呟いて自分の着地地点を計算しながら不敵な笑みを浮かべた次の瞬間、少女は身をかがめて、空高く飛び上がった。

「おおおおお……りゃああああああああああっ!!!」

 まっ逆さまのまま落下スピードに身を任せ、叫び声と共に落下地点めがけて落ちてくると、床に衝突する直前で、少女は右の拳を思いっきり突き出した。

「砕けろおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 普通に考えれば、素手でコンクリートの床を砕くなど、自爆行為もいいところである。

『ドゴオッ!』

 しかし、まるで発泡スチロールを砕いたかのように、少女の放った拳はコンクリートの床を軽々と粉々に打ち砕いてしまった。
 豪快な粉砕音を立て、打ち砕かれたコンクリートの破片と共に、少女はそのままビルの下の階へと落下した。
 不恰好な姿勢のまま、少女は床に落ちる。

「あたたたた……床を壊した後のことは考えてなかったな……」

 そう言いながら、自分の頭上にぱらぱらと降りかかるコンクリートの破片を払うと、少女はゆっくりと立ち上がると。

「フッフッフ……すでに調べはついている。お前が『暦』の関係者だってことは……この私が全てお見通しだあっ!」

 低い声で笑い、少女はそう叫んだ。
 しかし、ここで聞こえてくるはずの周りの人間からの返事が、何故か返ってこなかった。

「……って、あれ?」

 あまりの無反応ぶりに、少女はそこで改めて自分が落下……もとい、侵入した部屋の中をきょろきょろと見回した。



第2話に続く
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