世界最強に挑戦!


「えっ、何よ、これ?」

 そこでは自分がぶちのめすはずだった人間達がすでに横たわっていたからである。
 しかし、その少女の視線が、ある一点で止まった。
 そこには、1人だけ立っていた男がいたからである。
 首の後ろでひとつにまとめた黒髪。
 上下をこげ茶で統一した革のジャケット。
 暗くて顔はよく見えなかったが、おそらく自分が探していたターゲットであろうと確信した少女は、先程と同じように低い声で笑い出した。

「フッフッフ……すでに調べはついている。お前が『暦』の関係者だってことは……この私が全てお見通しだあっ!」

 同じセリフを2度吐き、少女は男に向かってずびしいっ! と指差した。
 しかし、男は少女に向かって構えようとはしなかった。

「おいおい、2回目ぐらい、少しはセリフをひねったらどうだ?」

 それどころか、呆れたように男は返事をしてきたのである。

「それに、お前さんが探してる奴ってのは、そいつじゃないのか?」
「えっ?」
「ほら、お前さんが今さっき下敷きにした奴だ」

 そう言いながら自分を指差す男に、少女は自分の足元を見た。
 そこには、スーツに身を纏った一人の男が白目をむいて倒れていた。
 先程少女が天井を突き破って落ちてきた際に下敷きにしたのである。

「ああっ! こいつはっ!」

 おもむろに上着のポケットから写真を取り出し、スーツの男の顔と確認すると、少女は倒れている男の胸倉を掴んで男を揺さぶった。

「こらーーーーーっ! 目を覚ませーーーーーっ! 気絶してる場合かーーーーーっ!」
「おいおい、そんなことしたら逆に落ちちまうぞ」
「くぅ……せっかく追い詰めたのに何も聞かずに終わりだなんて……」
「安心しろ、そいつはただの下っ端、たいした情報は持ってなかったぞ」
「何?」

 そう言いながら少女は男を掴んでいた手を離すと、再び立っている男の方を向いた。

「あんた、誰?」
「少なくとも、お前さんの敵じゃないことは確かだ」

 そう言いながら、男は少女の方にゆっくりと歩を進めてきた。
 先程、少女が開けた天井の穴から漏れている月の光が、男の顔をはっきりと映し出す。
 どこにでもいそうな普通の男の顔。強いて特徴を言えば、男は左目の下に傷テープを張っていることくらいであった。
 うっすらと笑みを浮かべながらも一定の間合いを保つ男に、少女は身構えることなく、足元で伸びている男を一瞥してフッと軽く笑ってみせた。

「ふうん……で、初対面でこんなこと聞くのも悪いけど、こいつから情報を聞いたんだってね? 何言ってたか私に教えてくれない?」
「さあな……近いうちに世界規模での妙な格闘大会があるって言うことくらいしか、たいした情報は持ってなかったぞ」
「ふうん……妙な格闘大会……ね」

 そう言いながら少女は、眼光を鋭く光らせた。

「変に隠し立てすると、命を縮めることになるよ?」
「おいおい……熱いねえ……」

 力ずくで吐かせる気満々の少女に、男は呆れ気味に苦笑いを浮かべる。

「さすがは『暦』の元八月……『疾風怒濤の葉月』だな……いや、今は『麻生 夏香』って名前だったっけか?」
「なっ!?」

 男の口から出た意外な言葉に、少女……夏香は驚いた。

「あんた、なんで私のこと知ってんのよ!?」
「さあ、なんでだろうな?」

 自分を挑発するようなそぶりを見せる男に、夏香は両拳にグッと力を入れた。



第3話に続く
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