スノウ・ホワイト
〜雪のように白く、雪のように儚く〜


第1話

作者 堕天使

「ち〜っす」
 シャグレドゥのあまりやる気のこもらない挨拶をした時、店内に人気はなかった。もっとも、まだ開店まで時間がある……というより昨夜の閉店からそんなに時間は経っていない。なので店内にはまだ酒気が漂い、熱気が微かながらに残っている。そしてそこには、いつもカウンターに佇んでいる、いつも無口な彼らのリーダーがいるはずだった。
「あら、珍しく早いじゃない」
 その代わり、カウンターの奥からは妖艶な美女が顔を出す。血の色のマニキュアが塗られた爪で髪を掻きあげ、住居となっている奥の部屋から店内に歩み出てくる。
「どうしたの? あんたが朝っぱらに顔出すなんて珍しいわね。また昼間で遊び呆けてると思ってたのに」
「しかたねぇだろ、今日はどこもしけてたんだからよ」
 悪態をつきながら手近な椅子を引っ張り出すと、どっかりと腰をかけた。まだ真新しいはずの椅子は、その衝撃を受けて僅かに身を軋ませる。メルァレイスは面白くもなさそうに懐から取り出したタバコを口に加え、火も付けずに加えたまま唇を動かした。
「クァトゥールなら出かけてるわよ」
「あ? こんな時間にか?」
「そ。墓参りだって」
「墓参りって、クリザリッドのか?」
「別口」
 短く答えると、メルァレイスは再び奥の部屋に向かう。
「休んでおいた方がいいわよ、今夜はクァトゥール抜きになりそうだから」
「………あいつも、何かと気苦労が絶えねぇ奴だな」
 完全に消えたメルァレイスの背中を追うように、今は別の地にいるであろう仲間のことを呟き、シャグレドゥも奥にある自室へと歩いていった。


 その花の名前を、クァトゥールは知らない。ただその花のことだけはいつもクァトゥールの奥底に一輪だけぽつりと咲いている。
 空から舞い落ちる雪のように、真っ白な花。
「また、この花が咲く季節になったな」
 誰にともなく言いながら、屈み込んでその1輪の花を目の前の墓前に添える。といっても、そこにはまともな墓石などない。クァトゥールの2・3倍の丈はある樹木に、石盤状の石が立て掛けてあるだけ。その石には、手書きと思わせるやけに癖の強い文字が刻み込まれていた。
 その粗末な墓石の前で聖印を切ると、祈るように瞳を閉じる。
「……また、来るからな」
 ぼそりとした呟きを漏らし、再び立ち上がる。そうして見上げた空には、快晴とは言い難いが綺麗な青空が広がっていた。
(………生きていれば……同じ空を眺めいたんだろうな)


 

第2夜に続く
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