『中国の凄い奴』


第6話

なにをやっていてもつまらなかった・・・。


いや、”やっている”のではなかったのかも知れない。
”やらされて”いたのだ。

お勉強は常に上位5位内に入れといわれた。
僕は3位にいた。

演技では負けるなと言われた。
新人賞を総なめした。

人並み以下のことなど作るなと言われた。
全ての平均値を越えるよう勤めた。

どれも厳格な父、跳飛 鳥兵(ウーヘイ)に命じられたままにやっていた。
どんなに厳しいく辛いことも、唇を噛みながらでも耐えた。

どれも、僕がしたかったことではなかった。
勉強も俳優も、雑学を学ぶことも、その他の習い事も。
したくないのに、何故やってのけたのか?
もちろん、父が恐ろしかったこともある。
だが、それよりも僕自身、なにか「やりたいこと」というものが無かったからだ。
だから、言われた通りにした。
それは簡単では無かった。…が、僕は言われた通りにした。

周りからは尊敬された。しかし、同時に敬遠された。
友と呼べる人間が、気付けば僕の周りにはいなかった。
居るのは日々のスケジュールを告げるマネージャーと、毎日顔の違うプロデューサーや監督、誰を見ても同じ顔に見える女優達。

現場には毎回至る所に僕の重いため息が放置されていることだろう。




父が怒鳴る。
「お前は跳飛の名を継ぐ男だっ!故に世間に出て恥じることは決して晒してはならんっ!お前は跳飛 龍黄!黄金の鱗を持つ龍であることを常に忘れるではないっ!分かったら、もう一度だ。」
幼い頃の自分が泣きべそをかきながら立ち上がる。鼻血と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を腫らして自分は構えた。
「ぃやぁああっ!」
『ゴキン』
果敢にも強靭な父に突進した幼い拳は、無残にも父の巨大な拳に潰された。
「まだだっ!そんなところで終わっていては、お前は龍黄の名を名乗ることができん!」
恐かった・・・。父は恐かった。
プライベートでも、父は自分に対して優しくしたことは無かった。
たった一つだけを除いて。

もう一度立ち上がり、自分は父に立ち向かった。
「うぁたあっっ!!」
口の中が切れて痛い。左目の上にたんこぶが出来て痛い。鼻血と鼻水で鼻の穴が塞がり苦しい。なんで自分がこんな目に。
なんで自分ばかりがこんな目に。なんで自分が人より上に。
なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。
『ゴッ』
その時の僕は、確か、なにがどうなったのか把握するのに大分時間がかかったはずだった。
顔を上げた。僕は恐怖に青ざめた。父の鼻先に僕の拳がヒットして、片方の鼻から一筋に流れる赤い血液が・・・。
『殺される』自分は率直にそう思った。いや、反射的にと言ったほうが正解かもしれない。

父は腕を振り上げた。思わず僕は目をつぶりうつむいた。
しかし、次の瞬間、僕に訪れたのは衝撃でも激痛でもなかった。
父はただ、僕の頭を撫でた―。
おそるおそる顔を上げ、瞳を開けると。

父は鼻血を流しながら、満面の笑みを浮かべ言った。
「龍黄、よくやったな。お前にこの名をつけたことを、誇りに思うぞ。」

初めて見る父の笑顔だった―。







―――僕がクンフーだけは誰にも負けたくないと思うようになったのは、
                   多分、この頃からだったと思う―――







・・・そこには、さっきの運転手(に化けていた)の女と、妙なサングラスをかけた男、そして無表情で立ち尽くす少女の姿があった。
 僕が意識を取り戻したことに気付いていないようだ。
薄目で視線だけを移動し、胸に置いてあった右手の時計をみる。
ほんの数分しか経っていない。
後頭部への打撃が思ったよりも軽かったようだ。それとも、僕自身が打たれ強かっただけなのか。。。
状況は相変わらずさっぱり飲み込めないが、政樹はまだ眠りから覚めていないようだ。しばらく様子を見る必要がある。
意識を失っていたときのあの夢にひっかかりながらも、もうしばらく僕は気絶している振りをしていることにした。


「火神政樹・・・探偵。5月の部下がこいつの事務所に駆け込んだことで、『暦』について嗅ぎ回ることになったわけか・・・。もっとも、組織のことがどれだけバレようが、私には興味のないことだが・・・?」
「・・・」
「ふふふ・・・そんな目で見るなカスミよ。私にとっては『暦』などどうでもよいのだ。」
「はい・・・」
「それよりモ、どうするの?捕まえたはいいけド」
「あせるな龍よ。…美味いものは、最後にとっておくものだ・・・」
「月影なのはよりも・・・この探偵は美味なノ?」
「くくく…、あまり意地の悪いことを言わないでくれ。」





続く―




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