『中国の凄い奴』
第5話
ぽつぽつという雨音と静まり返る車内。
時折聞こえるラジオのチューニングが合っていない時に出るような音でいびきをかく政樹の声。
先に沈黙に耐えられなくなったのは龍黄のほうだった。
「あの・・・、監督は…怒ってました?」
「監督?…あぁ、そうネ。むしろ喜んでたネ」
「喜んで?それはまたなんでですかね?」
「さぁ・・・」
一定のリズムで゛ウィーン゛と水をはじくワイパーの音がより一層と龍黄の心を焦らした。どうやら、静かなのは表情に似合わず苦手らしい。
次に口を開いたのはスタッフの男だった。
「ところで、ここら一帯は携帯電話の電波が飛ばないらしいですヨ」
「え?あぁ、そうなんですか。僕としてはそっちの方が都合いいな。とりたくない相手とかやっぱりいるじゃない」
「・・・でも、なんでここら一帯が電波飛ばないのか、解りまス?」
「え!?それはやっぱり・・・建物の影響とかで・・・」
そう言いながら龍黄は窓の外を見渡した。
(あれ?ここ・・・ロケの方角じゃないんじゃ・・・)
運転席のスタッフの男は、前を見ながら後部座席に見えるように、なにやら小さい箱のようなものを龍黄に見せた。
「これのせいなのヨ」
「これのせいって・・・?」
「これは電波を狂わせる機械ネ。有効範囲は狭いけど、車の車内くらいなら充分範囲に入るネ」
徐々に徐々に、龍黄は車内の異様な空気に気づき始めた。
「龍黄さん・・・はっきり言ってアナタは巻き添えネ。そっちの探偵の」
「君・・・もしかして・・・」
『ビュッ!』
次の瞬間、龍黄の喉の数センチ手前に細いナイフのような刃物の切っ先がつきつけられていた。
「これは・・・!暗・・・器・・・!」
「さすがは、腐っても中国の格闘家ネ。ご名答ヨ」
運転席の男はこちらを振り向くこともせず、片手でナイフを龍黄に突きつけていた。
「着いてきてもらうヨ。」
「なにが、目的なんですか・・・?」
「・・・それと全く同じ台詞を、わたしは数十分後にその探偵に聞くことになると思うヨ」
嫌な汗がつたう…。
プロの暗器使い。それはプロの格闘家と同じ、もしくはそれ以上を意味する。
ここで抗うことは直接『死』に繋がることなのだ。
政樹は眠っている。しかし、この状況下で眠っているということは、彼は『なんらかの方法』によって、眠らされていると思われた。
再び訪れる沈黙――。
しかし、それは数十分前とは明らかに違った空間になっていた。
「あ、あの・・・」
龍黄が運転席の男に話し掛ける。
「ん?なニ?」
「あなたは・・・一体誰なんですか・・・?」
「わたしは格闘家じゃないのヨ。自ら名を名乗るのは死の危険に値する行為ヨ。・・・でも、あなたには特別ヒントをあげるヨ。あなたとわたしには同じ字が゛一文字゛あるよ・・・。ふふふ・・・」
なんだそりゃ?
車はいよいよ寂しい倉庫なのか小屋なのか解らないほどにくたびれた場所へとついた。
「さぁ、降りるネ。」
車から降ろされたのは龍黄のみだった。
「スターを殺すのは忍びないのネ。だから、今日はこれで大目にみてあげるヨ」
『どすっ』
後頭部に鈍い衝撃が走った。途端に意識が遠のく――
(なん・・・だか、とんで・・もな・・いことに・・・・なってきた・・なぁ・・)
薄れゆく視界の中ですれすれ見えたものがあった。
それは恐らく自分の頭を殴った人物・・・。
そして、男の声。
「カスミ。殺していないだろうな?」
「大丈夫です。マスター。しかし、頭蓋骨が割れた可能性があります。確認してみます。」
「別に死んでもいいんだが、…カスミよ、お前には゛手加減゛を教えなければならないな。」
「手加減?」
「なぁ?『龍』よ。」
「・・・そんなことより、さっさと片付けるヨ。」
龍黄の意識はここで中断した。
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