翼の拳
〜Fists of Wings〜


第1話

作者 タイ米


『それ』は確かに存在した。

 後にも先にも見たのはその一度きりだけだったが…。

 武聖流空手道場。
 地方にある小さな空手道場。ここでは様々な人達が、30以上にもなる大人からまだ10にも満たない少年少女達が腕を磨いていた。
 その目的もまた様々で、より強さを求めたいと思う者から弱い自分を克服したいと思う者までだ。
 その中に一人の少女がいた。

 月影なのは。

 もともと父が柔道の金メダリストで、自身も幼少の頃は父から柔道の厳しい特訓を受けていた。だが、その柔道のセンスの無さを父から指摘され、空手を始める事に。
 柔道仕込みの足腰の良さのおかげで14の少女とは思えぬ程に腕が上達していった。もちろん、荒削りなところもまだあるが…。
「月影」
「はい!!」
 師匠に呼ばれるなのは。
「今度はお前の番だ。構えろ」
「はい」
 構えるなのは。
 師匠との組手が始まる。
「ていっ!てやあっ!!」
 なのはが正拳突きからラッシュをかけ始める。
 それを丁寧に受ける師匠。
「ふむ。なかなかの攻めだ。だが…」
 なのはの隙を突き、カウンターを当てる師匠。
 手加減をされているとはいえ、なのはにとっては結構こたえる。
「まだ戻りが甘いな」
 師匠の指摘は確実になのはの欠点を突いていた。その後も戻りの甘さを見つけてはカウンターを入れる師匠。それでも決してなのはは後退しない。それがなのはの長所でもあり、短所でもあるのだが…。
 だんだんなのはの息が上がってくる。師匠のカウンターが襲ってくる。今度は反射的に避けるなのは。しかし、態勢が不安定すぎる。襲いかかる師匠の二撃目。今度はなのはも仕掛ける。
「無茶だ。あまりにも攻撃が遅すぎる」
 だが、次の瞬間に信じられない事が起きる。なのはの拳が急に光り輝き、師匠の正拳より早く攻撃がヒットした。
「な…」
 師匠も思った以上の衝撃に一瞬ぐらつく。が、また元の態勢に戻る。
 その時、丁度終わりの時間を知らせるベルが鳴った。
 二人とも構えを解く。
「ありがとうございました!!」
「ありがとうございました」
 そしてなのははまた先程までの練習を再開する。
 なのはの背を見つめながら師匠は思った。
(何だ?最後のあの攻撃は…)
 それはなのはも同じ事を思っていた。

 今までよりも重く、しかし軽い拳。

 まるで自分の拳に羽が生えたような感触だった。
 その後、数日は師匠との組手で例の拳が出る事はなかった。

 あれは幻覚だったのだろうか…。

 だが、今でもあの時の感触ははっきりと覚えている。
 あの拳をもう一度使えれば、あの拳を自分のものにできれば不可能な事も可能に出来るのではないか…。
 そして、なのはは思うのだった。

 高くはばたきたいと…。


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