翼の拳
〜Fists of Wings〜


第79話

作者 鬼紫

「やれやれ…本当に賑やかな人だ」

 真横から聞いたことのない男の声がした。
 政樹は全身に電撃が走るような感覚を受けて振り返った。
 確かにほんの数瞬前まで、そこには誰もいなかったのだから。

 政樹は気を操る。
 気のみを専門で扱ってはいないので、その道の一流には敵わないが、
 1メートル以内に不意に何者かの侵入を許すことなどない。

 それなのに、そこから声がした。

「誰だ?」
「夏香さんの恋人です。」

 超高速でクナイが飛んできた。男の眉間めがけて正確に。
 
 なのはは、ここでようやく男の存在に気がついた。
 気がついたと同時に男の頭にクナイが突き刺さった。
 …ように見えた。

「器用だねヘルメス。」

 確かにあたったように見えたクナイは、
 男…ヘルメスの顔の寸前で、その指に掴み取られていた。

「これでも一流の大道芸人ですから…」

 いともたやすくクナイを掴み取ったヘルメスに対し、
 投げた張本人の夏香は驚く様子もみせなかった。

 突然のことに、少々状況がわからなくなった政樹は、
 とりあえず確認をとることにした。

「夏香。おまえ、恋人がいたのか。」
「違ーう!」
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「見事なもんだな、オマエの気孔ってのは。血が完全に止まったぜ。」
 
 夏香のスタンナックルによって裂かれた額の傷。
 
 長い振袖の付いた白い胴着の女性が、あずみの額に掌をかざすと、
 大量の出血がみるまに止まった。

 女性の胴着にはは、左胸に「波多本流」とある。
 黒髪をポニーテール気味に縛りさらに三つにわけて三つ編みにしている。

 その瞳には光はない。

「傷はふさぐことが出来ましたが、なにぶん頭部の怪我です。
 あとでちゃんと検査をしておいた方が良いでしょうね。」
「へいへい。」
「大丈夫!あずみがこれ以上バカになることはないって!」
「おいコラ、涼子テメ…」

 傍らには涼子の姿もある。

「惜しかったですね。」
「そうでもないさ…」

 黒髪の女性のかけた言葉に、あずみはそっけなく答えた。

「あの時は俺のペースにはまっていたが、
 勝負がつくほど局面は詰まっちゃいなかった。」

 二人の会話を聞くと、涼子が納得したように割って入った。

「あはは。私はてっきり、あずみが負けているもんだとばかり。
 いや〜、うっかりうっかり。」
「ああ、オマエはそうだろうよ…」
「え〜、なによそれぇ!」

 呆れたようなあずみに対して、涼子は少し怒ってみせた。
 そして不意に、涼子はゼウスの言葉が気になった。

「ねぇ…一見。あずみが義仲に負けると思う?」
「可能性としてないとは言い切れませんが…」
「いや…ないね。」

 あずみはキッパリと言い切った。
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 数分前…

「ガキ…一つだけ忠告だ。」
「あん?」

 義仲に向かって、あずみは一瞥しながら淡々としゃべった。

「俺は…オマエより強い。」

 静かで、それでいて力のある言葉だった。
 心の底から嘘のない、確信のある言葉だった。

「それでいいよ。」
「?」
 
 「それでいい」…義仲の返答はあずみにとっても意外だった。

「『それでいい』? どういう意味だ?」
「だから…それでいいんだ。最初っから、そのつもりなんだ!」
「あん?」
――――――――――――――――――――――――――――――
「『自分より強い奴とやって勝たなければ意味がない』…か。」
「『俺より強いくらいで勝てると思うな』…とも言ってましたよ。」
「確かに面白い奴だ。威勢もいい。
 ちょっとやそっとの実力差なら覆す器は持っている。
 だが、気力で覆せるほど北条あずみは甘くねぇ。」

 あずみは額の傷にハチマキを巻きつけ立ち上がった。

「確かに…。北条あずみを知ればこそ、
 私には、その少女のように義仲さんが…いえ、他の誰が相手であろうとも、
 『あずみが負ける』などとと言い切ることは出来ない。」
「そう…だよねぇ、やっぱり。」

 それを聞くと涼子は、やはりゼウスは『ただのバカ』だと思い直した。
 心のどこかに、引っかかるものを感じながらも。


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