翼の拳
〜Fists of Wings〜


第78話

作者 鬼紫

(ゲェ!カッコわる!)

 その場にいた大勢のギャラリーは一様に固まった。
 ド派手な姿で乱入した義仲を見上げて凍りついた。

 なのはと政樹も目が点になっている。

「アイツ…いないと思ったら…」

 …と、そこまで言いかけて涼子は他人の振りを決め込んだ。
 
 ゼウスだけが大声で義仲を讃えているが、
 知り合いだと思われないように涼子はコッソリ姿を消した。

 美少女につられて、なんとなく拍手を送るものもチラホラいたが、
 そんなことはどうでもよかった。

「興がそがれた…な」

 ちっと舌打ちをすると、あずみは放っていた殺気をおさめた。

「………」

 夏香は大量の汗を流し、己の鼓動を沈めていた。
 
「聞いてんのかデカ女!俺が相手だといってんだ!」

 ビルの上から義仲が叫ぶ。あずみは目線だけ義仲の方へ向けた。

「降りて来い…そこじゃ相手も何もないだろう」
「そ…そうか、待ってろ!」

 あずみの低く静かな声。冷たい瞳には何の感情も読み取れない。
 義仲は身をひるがえすと大急ぎでビルを駆け下り始めた。

「続きはどうする?」

 ようやく落ち着いてきた夏香が苦笑いしながらたずねた。
 あずみは寂しげに、くっと笑った。

「いいんじゃねえか?今回は『引き分け』ってことで。
 勝負は一期一会…次があるとは限らない。
 次があったら、今日の続きとか考えずに『その時』を楽しもうや。」

 おそらく全力疾走で階段を駆け下りているのであろう。
 ビルの中から義仲の駆け足の音がガンガンと響いている。

「ところで…」
「?」
「オマエ『白い翼』を知っているか?」
「白い…翼?」

 突然、振ってきたあずみの言葉。
 夏香には何のことかわからなかった。

「5年ほど前に有名だった伝説の喧嘩師のあだ名さ…
 そいつは女で…身体も小さかったそうだが、
 しかし、その攻撃はどんな一撃よりも重く…
 そして、どんな技よりも軽かったそうだ。」

 あずみは失笑して言葉を続けた。

「まるで…翼でも生えてるみてぇに…ってな。」

 ―翼―

 その言葉に夏香だけでなく、なのはも反応した。

「オマエを見て…オマエの一撃を食らって…思い出した。
 話半分に聞いていたものの…いつか戦ってみたいと思っていた。」

 "いつか戦ってみたい"…あずみは漠然とそう考えていた。
 しかし2年ほど前、急に「白い翼」の噂は途絶えた。
 元々あずみが駆け出しの喧嘩高校生だった頃、
 既に伝説になっていた人物である。
 きっと年齢的に引退したものだと、あずみは考えていた。

「アタシがその『白い翼』だとでも?」

 夏香が聞き返す。

「ちょっとな…ちょっとだけそう思った。
 だが…アンタは『白い翼』なんて神々しいガラじゃない。」
「ごもっとも…」
「だが…!」

 あずみは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「楽しかったぜ。」
「アタシもね。」

 複雑な気分からか、ぎこちない苦笑いで夏香も答えた。
 しかし、確かに夏香もこの喧嘩を楽しんだ。
 
(『怖いくらい』にね…)

 その時、轟音とともにドアを蹴り破り、その男が到着した。

「はぁ…はぁ…日向義仲…!見参!」
「その七五三みてぇな服は脱いでこんかい…!」

 あずみの表情が再び険しくなった。


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