燕殲
壱
中仙道の樹海を抜け、人々が集う街に出る最中の途中に
その店はある。この辺りの人々にはよく知られた店だ。
決して大繁盛と言うわけでもないが、たいして儲かっていないわけでもない。
旅人の休憩所でもあれば、近所の者の溜まり場でもある。
今宵もまた一人、この店に客が舞い込んでくる。
「いらっしゃ___ああ、みっちゃんかい?」
「よしてよ女将さん、もうそう呼ばれる年でもないんだから」
みっちゃんと呼ばれた女性は、いつものように出口に一番近い席に腰掛けた。
女将から愛称で呼ばれるのだから、相当の常連なのだろう。
「今日も何時ものでいいのかい」
「ええ、頼むわ」
女将は、それこそ何時ものように、彼女に頼まれた
「何時もの」を作りに、奥へ入って行った。
彼女は常連と言うことも手伝ってか、この店ではちょっとした有名人だった。
彼女の噂を聞いたものが彼女を見るためにこの店にくる事も
あるほどだった。それほどまでに彼女の顔は美しい。
掛けそばの入った盆を抱えた女将が戻ってきた。
「はいよ、お待ち」
「どうも」
そばを啜っている彼女を見ながら、女将は問い質した。
「みっちゃん、あんた知ってるかい?」
「知らない」
彼女は素っ気無い返事で返す。
確かに質問の内容としては間違っていることもないのだが。
「最近このあたりで理由もなく殺されてる人が増えてるそうなのよ。
大半は若い男を狙ったものらしいけどね。しかも殺され方がまた普通じゃ
なくてねぇ、ある人は体の一部を切断されて、またある人は衣服を
剥ぎ取られて。行方不明になっていまだに帰ってこないのもいるそうだよ」
彼女は直感でピンと来た。それは恐らく・・・いや、絶対だ。
「それで、殺された人には共通点があってね、それは・・・」
「金を全て剥ぎ取られている」
そばを食い終えた彼女は鶴の一声の如く言った。
「そうなのよ。みっちゃん、知ってたのかい?」
「噂で聞いたことはあるわ。あくまで噂、だけど」
「でも気をつけたほうが良いわよ。みっちゃん、器量良しだから」
「煽てても何もでないわよ、女将さん。お勘定お願いね」
店を出た彼女は、店が見えなくなるまで進んだ人気のない樹海で
手に持っていた大きな布を広げ、体を覆った。
口の布は髪止めで止め、後ろで結っていた髪を前に戻した。
これだけでも、意外と気づかれにくくなるものだ。
誰も、彼女が「みっちゃん」とは気づくまい。
「(私は遺体マニアじゃないわよ。取ったのは金だけ・・・)」
紛れもなく、女将の話の犯人は、彼女であった。ただ・・・
衣服を剥ぎ取ったり、体の一部を切り取ったりまではしないが・・・。
「(異国被れって、本当に感染するものね・・・)」
「マニア」と(心の中で)呟いた事を否定しきれない自分がそこにいた。
待ち合わせ場所はもうすぐそこだ。
「来たか、みっちゃん」
不意に、茶店の愛称で呼ばれ、少々戸惑いはしたが・・・
なんてことはない、声の主は彼女がよく知るものであった。
「・・・その呼び方、止めてくれる?」
「愛らしくていいと思うがなぁ」
「殺すわよ」
「おーこわこわ。スイマセンでした」
辺りはもう既に暗くなっており、全身が黒い忍び装束の男が
焚き火をしていた。見た目はわかるが、髪の毛は真っ白だ。
「ユイはまだなの?」
「一足先に戻って本部で自家製ロボをいじってるよ。御性が出ますことで」
「・・・じゃ、さっさと帰りましょ」
「まあ良いじゃないか。夜はこれからだ」
意味深なセリフだ。あめりけじょうくと言うヤツか?
「そう言ういかがわしいセリフは聞き飽きたわ」
「オマエ、本当に無愛想だな。みっちゃん、器量良しなのに」
「・・・アンタ、ホントに一辺死んでみる?」
「遠慮しておくよ。さっさと帰りましょう」
言うなり、男は闇に消えた。
「(ま・・・アイツらしいと思えば・・・)」
そして、彼女も闇へと消えていった。
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