燕殲
弐
周囲に人がいないかを確かめた後、周りを塀で囲んだ川に掲げられた賭け橋を
登り、女は静かに口ずさむ。
「特暗第六代「忽」之弐、ムカミ、只今戻りました」
「合言葉を言え」
「心を絶ち 現世に見逝くは 四面楚歌 ただ身を預け 闇への如く」
「よし…」
眼前には巨大な屋敷が立ちそびえている。町人は、こんな目立つ場所に
「あの」暗殺者がいるとは思わないだろう。
「ご苦労様でした。今日は御ゆっくりお休みを」
「そうさせて貰うわ…」
根来流特別暗殺部隊、略して「特暗」…
その中で、群を抜いた実力者を選りすぐって選考した三人で形成される
精鋭部隊「忽」…彼女はその一員であった。
暗殺部隊とは言うが、内容は情報収集、破壊工作等にも振り分けられる。
現に、現在の「忽」の残り二人は夫々がその役職としての
最高とも言える実力者である。
「先程イバ様も戻られました」
「…あっそ…」
「何か気分の優れないことでも?」
「うんにゃ、別に」
「忽」専用の秘密通路の廊下を歩くたびに、思うことがあった。
(はたして自分達は本当に忍者なのか?)
階段を下りていくと、部屋から漏れている光の中に
火花のような物が混じって見えた。その直後、奥の方から何かが崩れるような
物音がしたかと思うと、火花も消え、代わりに大きな埃煙が舞い上がった。
(またやったか、アイツ…)
見ると、鉄や金属類、ネジやコードの中に紛れ、一人の女の姿があった。
「兵器の武器や材料ぐらい、ちゃんと管理しときなさいよ、ユイ」
女はガラクタの中に埋まってもそもそしていた。
が、何かの拍子に、突然起き上がった。
「MK四・改・新型デバイス!こんな所に有ったとは…」
「…アンタ自分で作っといて自分で忘れてたの?」
女は今更のように立っている女に気付き、答えた。
「帰っていたんですか、ミサツヤ」
「今さっきね。イバは?」
「調査書を提出しに行きましたが?」
「そ…。私もう寝るから。
アイツに言っといて。「今度あの名前で読んだら殺す」って」
「こ、殺す…?あの名前とは…」
「知る必要は無し。んじゃね」
(米国通に、カラクリ兵器狂者。…それに加えて殺人マニア、か…
ホント、忍者とは思えないわ)
実は自分が一番危ない役柄だとは、考えたくは無かったが。
その思考も「アイツ」によって中断させられた。
「おう「みっちゃん」、お帰りで?」
「…忠告したわよね…仏の三度目よ…殺す!」
「くはー、開口一番それか。女はおしとやかな方がかわいいぞ」
「うるさい!死ね!」
「うわー殺されるー、助けてくれユイー」
・・・怒る気力も無くなった。
「…私もう寝るからね」
「おやすみの」「黙れ」
白髪の男の左顔に一撃を食らわせ、その場を後にするミサツヤ。
明日もこうして終わるのだろうかと思うと、少しため息をついた。
「…いいパンチ持ってるなぁ…」
白髪の男はしばらくその場に突っ伏していた。
第3話に続く
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