〜炎の城〜

1 「プロローグ」


長崎重臣(34才・独身)は爆睡していた。

時は午前9時。
ガイア共和国首都・ヘブンズヒル郊外にあるマンションの一室。
朝近くまで仕事をしていた彼はベッドに身を投げ出して高イビキで寝ていた。
服は脱ぎ散らかしたままトランクス一丁。サングラスも顔にかけたまま。
格好はだらしなかったが、引き締まった肉体は鍛え抜かれた男のそれであった。
乱雑にちらかった室内。床にはコンビニ弁当の空箱等が散乱していた。
拳銃が置いてある区画に手が投げ出されているのは偶然だろうか。
ふと、床に放ってあった携帯電話が鳴り出した。
「長崎だ」
彼は1コールで携帯に出た。
『おはよう。私だ』
しわがれた、しかし芯の通った老人の声。
「なんだ、キルマーか。おはようさん」
長崎重臣はキルマー・バレンタインと挨拶を交わした。
「ハハ、じいさんからのモーニングコールじゃ寝覚めが悪いぜ」

表向きはICPO(国際刑事警察機構)の捜査官と、ガイア共和国大統領補佐官。
しかし彼らは黒い影の糸で繋がっていた。

『モーニングコール‥‥だと?』
「ああ、今起きた所だ」
『なっ‥‥空港への出迎えはどうした?』
「出迎え?」
『‥‥大統領閣下の客人が到着するから迎えにいくよう頼んだであろう‥‥?』
物静かな口調の中に隠れている怒気を敏感に感じた。
キルマーはこういういい加減な事を許さない男だ。
しかし長崎はあらかじめ手は打っていた。
「大丈夫、ちゃんと代わりの奴に迎えに行かせたから安心しな。
 昨日遅くてよぉ〜、俺まだ3時間しか寝てないんだわ」
『代わりだと?‥‥ナガサキ、私は「お前に」用事を頼み、そして「お前が」用事を
 引き受けたのだぞ‥‥?』
「固ぇ事言うなよお〜、それにあんただってミューの事は俺と同じくらい信用してるだろ?」
『そういう問題ではな‥‥‥‥お前今なんと言った?』
「え?「固ぇ事言うな」って‥‥」
『その後の言葉だ!』
「へ‥‥「ミューの事は俺と同じくらい信用してるだろ?」って‥‥」
『なっ‥‥ナ、ナ、ナガサキ‥‥き、貴様‥‥
 あやつに迎えに行かせたのかぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!?』
電話の向こうの声は明らかに狼狽していた。
滅多に見せないキルマーの動揺した様子に長崎は戸惑った。
「え‥‥あ、いや、うん、そうだけど‥‥‥‥なんかマズかった?」
『貴様というやつは‥‥!
 客人はあの「ユキエ・ヒラサカ」だと言ったであろう!?』
「ああ、俺と同じ日本人で、高校生の女の子だろ?
 ミューと同い年くらいだから気が合うだろうと思って‥‥」
『合うわけなかろうがァァァァーーッ!!!』
大きな声に思わず携帯から耳が離れる。
そしてまたおそるおそる顔を近づける。
「‥‥あのさぁキルマーよ、一体何がまずいわけ?」
『ナガサキ貴様‥‥本気で忘れておるのか?
 ユキエ・ヒラサカ。日本で閣下の飛行機がハイジャックされた際、閣下と共にいた娘だ‥‥』
「あ‥‥」
『つまり、「閣下とお近づきになった女性」という事だ!そんな客人のところへ
 よりにもよってミューを使いに行かせるとは‥‥!』
「そうかあいつは‥‥「ゴードン命」を絵に描いたような奴だからな‥‥」
『それゆえ閣下に近づいた女性への嫉妬も半端ではない‥‥!
 どう始末をつける気だナガサキ?』
「あ、いや、その‥‥お〜っといかん!ICPO本部から連絡が入った!」
『嘘をつくな』
「ホントだって!今別の携帯で連絡が来たんだよ!」
『嘘をつくな』
「本当に本当だって!‥‥なになに、サークルKで万引きだとぅ!?
 よしわかった!すぐ行く!」
『ガイアにサークルKなどない!もとよりICPOが万引きで動くかァッ!』
「そういうわけで悪いなぁ、これで切るわ!
 ちなみに携帯の電源切っとくからかけ直してきても、ム・ダ。
 OK?」
長崎は携帯を切った。
そして空港で起こるであろう惨劇を思い浮かべ心を痛めつつも、二度寝に入った。


 


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