〜炎の城〜

2 「雪絵」


ニューヘブンズヒル国際空港。
平坂雪絵はガイア共和国の地に立った。
先に起こった大統領機ハイジャック事件で人質となっていた雪絵は、ガイア政府から多大な迷惑をかけたお詫びとして、この国に招待されたのだった。
「ここがガイア共和国かぁ‥‥」
透き通るような青空と心地よく吹く風。たなびくブラウンの髪。
本当は私服で来たかったのだが、大統領とも会う予定なので、ブレザーの学校の制服を着てきた。
「ここ、もう外国なんだなぁ‥‥」
長い飛行機の旅で少々疲れてはいたが、快適なガイアの気候に雪絵はご満悦だった。
さっそく入国の手続きを済ませる。
政府が招いた客人という事もあり、審査は速やかに通った。

入国手続きが終わり、空港の1番ゲートから外に出る。
そこには送迎の車が行き交っていた。
「確か1番ゲートを出たとこに迎えの人がくるはずなんだけど‥‥」
どれが自分を迎えにきてくれている車なのか皆目見当がつかない。
躊躇している内に、一際大きい黒塗りの高級車がやってきた。
1番ゲートの送迎口にそれは止まり、後部座席から1人の少女が出てきた。
(うわぁ、すごい格好‥‥)
年の頃は雪絵と同じくらいであろうか。
ガイアの人間とおぼしきその少女。ブロンドの髪は両脇で束ねられ、カールしていた。
(コロネパンみたい‥‥)
髪はともかく服装が異様だった。
大胆に肩を露出した黒いドレスに、後ろが燕尾状に広がったミニスカート。
真っ赤な裏地のそれはドラキュラのマントをほうふつとさせた。
爪先の尖ったこれまた黒い厚底のレザーブーツ。黒と赤のドギツいコラボレーション。
さらに両腕から腰の周りに赤い帯が通され、天女の羽衣のごとくヒラヒラと舞っていた。
(ガイアの女の子ってみんなあんな格好してるのかな‥‥?)
ちょっと、近づきたくないタイプだった。
だが、向こうが雪絵に近づいてきた。
「え?え?」
雪絵のそばまでくると、そのドラキュラ少女は口を開いた。
「ユキエ・ヒラサカ様ですね?」
まぎれもない、自分の名前。どうやら彼女が迎えの人らしい。
「はい、そうですけど‥‥」
「お迎えに参りました。大統領閣下の側近、ミューと申します」
ミューはスカートの両端をつまみ上げ、一礼した。
格式ばった一礼に雪絵も慌てて頭を下げる。
「は、はいっ!よろしくお願いしますっ‥‥!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ミューがニコリと笑う。可愛い顔立ちだったが、目はこころなしか、冷めているように思えた。
(‥‥‥‥?)
雪絵はもう一つ妙な点に気づいた。
ミューの手に、いつのまにか酒の瓶が下がっていた。
「老酒」(ラオチュウ。中国の強い酒)と書かれた徳利瓶。
(どこに持ってたんだろう‥‥?)
西洋風の服装にミスマッチな、その徳利瓶を下げつつ、ミューは言葉を続けた。
「お噂はかねがね伝え聞いております。なんでも災難な事に例のハイジャック事件に巻き込まれたそうで」
「は、はい‥‥」
「その際、ゴードン様とずっと御一緒におられたとか‥‥」
「はい、とてもお世話になりました」
「‥‥あまつさえ‥‥杯まで酌み交わされたとか‥‥!」
「あ、はい、ワインをご馳走になりました」
ミューがやおら老酒の瓶に口を付けた。中の酒を口に含む。
「???」
そして雪絵の方に向かい、


『Boooooo!!!』


舞い散った霧状の酒が爽やかな陽光に照らされ、きらびやかな虹の架け橋が出来た。
そして、雪絵は老酒のしたたるいい女となった。
「な、な、なんのののッ!!?」
「どんなあさましい手を使ったか知りませんけど、あなたのような下賤の女になど、ゴードン様は見向きもしませんことよ。のぼせ上がらないことね!」
「げ、下賤ッ!?‥‥て、ていうかいきなり何するんですかァッ!?」
あまりの仕打ちにさすがの雪絵も怒った。
「なんでいきなりこんな‥‥」
「はァ?なんか文句あるの?次はこれも付けるわよ?」
『シャクンッ』と音を立て、ジッポーのライターが火を灯した。
(ひ、ひぇぇぇぇ〜っ!?)
「炎付きでなかっただけありがたいと思いな。それじゃあ行くわよ。ほら、キビキビ歩く!」
ミューの先導に従い、雪絵はトボトボと歩き始めた。
(トホホ‥‥せっかくの海外旅行、それも客人として招かれたのにどうして
 こんな目に会わなきゃいけないのぉ‥‥?)
嘆きながらも、雪絵は最初から思っていた疑問をミューにぶつける事にした。
「あ、あのう‥‥」
「なによ?」
「‥‥どうしてそんな変な格好してるんですか?」
「〜〜〜!!?」
再び徳利瓶に口を付けるミュー。そして、


『GOOOOOOOOOO!!!』


今度は炎付きだった。


 


第3話に続く
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