吐き気

『事後処理』


−PM.13:30−

「緋龍くん」
「何ですかッス、副局長?」
「その頭のケガだが……」
「ああ、大丈夫ッスよ。かすり傷ッス」
「いや、独断で犯人に接近した結果だというじゃないか?」
「独断? あの場に状況を判断できる人はいなかったッスよ」
「……緋龍くんは本来現場に出るべき人間じゃないんだぞ」
「そう言えば、副局長」
「何かね?」
「今回の『暦』の会合の情報、副局長が仕入れたって噂ッスけど?」
「ははっ、とんだ噂が流れているようだが、情報源は公安だよ。
 私は上層部からの指示で動いているだけだよ、緋龍くん」
「そうッスか」
「ゆっくりと休みたまえ。キミの怪我が悪化しては私が困る」
「了解ッス」





−PM.13:49−

「緋龍くん」
「うわっ、室長さんじゃないッスか」
「うわってのは何だ、うわってのは、まったく」
「何か用ッスか?」
「まあね…と、そういえば、公安と防衛庁の陸幕からもお呼びがかかってるそうじゃないか」
「どっちも怖そうで嫌ッス。特に陸幕二部だけは勘弁ッス」
「じゃあ、うちに来る気は?」
「顔を見る度誘うのはやめて欲しいッス。ジェームズ・ボンドには興味ないて言ったッス」
「残念なことだ」
「プライベートタイムが減るのは困るッスからね」
「キミの行動基準は良くわからんよ」
「そうッスかね?」
「恋人一筋ってところか?」
「当たり前ッス」
「まあ、良いさ。気が変わるまで待つとするよ。ところで、さっきの関東管理局の副局長とのやり取りなんだが…」
「聞いてたッスか? これだから内調に入るのはイヤって言ってるッスよ」
「をいをい。せっかく人が話を変えてやったのに、蒸し返すなって」
「はははっ、誉められると照れるッス」
「誉めてないぞ」
「で、さっきの副局長との話がどうかしたッスか?」
「いやあ、緋龍くんが、とても興味深い『噂』を知ってるようなんでね。
 しかし、おかしなことに私はその噂を聞いたことがなくてなあ」
「困ったッスね」
「何を困る?」
「室長に興味を持たれたら話さなきゃいけないじゃないッスか」
「噂の内容を私に話をして何か困るのかね? 副局長には話を振ってたじゃないか」
「はあ、わかったッスよ。話すッスよ」
「それが良いよ、緋龍くん。キミに一切合財任せると『処理』が大変なんでね」
「人を何だと思ってるッス?」
「警察官だと思っているよ。優秀かどうかは置いておいて」
「酷い言われようッスね。やっぱり、室長の下には行きたくないッス。疲れそうッスから」
「そうかね。私はこういうやり取りが大好きでね」
「性格悪いッス」
「キミほどじゃないさ」





−PM.22:37−

「緋龍くん」
「副局長…」
「何だね、こんな時間に呼び出して。それに服装が乱れているようだが、何かあったのかね?」
「ちょっと掃除をしてたッス」
「掃除…?」
「この前の『暦』の摘発事件ッスけど、どうも、意図的に警察に情報が流された形跡があったッス」
「…意図的に?」
「そうッス。意図的に『暦』側からリークがあったみたいッス」
「……」
「どうも『暦』にも色々事情があるみたいッス。派閥の論理ってヤツッスかね。
 それだけならまあ良いッスが、反対に警察の情報も『暦』に流されてる形跡ッス」
「…緋龍くん、何が言いたいのか、よくわからないのだが?」
「別にわからないなら、わからなくても良いッス」
「緋龍くん…?」
「副局長、貴方は終わったッス」
「!!」
「撒いた餌にすぐ食いついて、部下を差し向けてくると言うのは軽率すぎッス」
「……」
「もう内調も動いてるッス」
「内調。……内閣情報調査室か」
「大人しく逮捕されるッス」
「……緋龍。私は逃げ通してみせるぞ」
「無理ッス」
「ここでおまえを殺せば不可能なことじゃない」
「銃を…。やめるッス」
「私は終わらん!」
「終わりッス」


 ダーンッ!


「避けっ…!?」
「無理と言ったッス」
「うぐっ、はがががっ!」
「ボクの銃身の味はどうッスか?」
「あぎいいっ!」
「優しくしてくれないとダメッス。デリケートな銃ッスから」
「あうえ…ゆるひへふへ…」
「許してくれッスか?」
「は、は、はうはう!」
「ダメッス」
「んんん〜!!」
「さよならッス」
「!!」

 カチリッ。

「あひふうううう…!」
「冗談ッス。弾は抜いてあったッス。ありゃ、気絶しちゃったッス?」





−PM.23:27−

「緋龍くん」
「あっ、室長。ちょうど良いタイミングでご登場ッスね」
「…貴重な生き証人を消されるかと思ったよ」
「懲らしめてやっただけッス」
「キミの善悪の価値観はわからんな」
「そうッスか?」
「今、撃っていたらキミも殺人罪だぞ」
「大丈夫ッス。弾は一発しか入ってなかったッスから」
「……その笑みが怖い」
「笑顔は対人関係の基本ッス」
「…心臓に悪い男だ」
「室長、じゃあ、元関東管理局副局長は預けるッスよ」
「うむ」
「それじゃあ、ボクはもう家帰って寝るッスから」
「ゆっくり休んでくれたまえ」
「もちろん、ぐっすり寝るッスよ。明日、デートの約束があるッスから」
「……」
「それじゃッス!」



「最近の若者は、わからん…」


 


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