FOW閑話シリーズ
熱帯魚 前編

作者 蓮華さん

【熱帯魚】

深く眠っていた。
疲れたので速く眠ったのだが、起きようにも瞼が開いてくれなかった。まだ寝ていたい。

コンコン。

「失礼します。リュレア様?起きていますか?」

名前を呼ばれる。部屋に入ってきたのは、オレンジ色の髪をきっちりと結わえて、スーツを着た女だ。
女から見れば自分は布団の中に入って、拒むように布団を深く被っていることだろう。

「起きる……」

自分に起きると言い聞かせるとリュレア・ダッシュウッドは眼を開けた。身体も起こす。
彼女が起きた途端に、ベットの側で寝ていたやけに大きくて白い犬が眼を覚ました。彼女が起きるのを
待っているようにも見えた。

「おはようございます」

「……おはよう。メアリ」

メアリ・サートナに向かい挨拶して、ベットから降りた。
彼女が住んでいるのは広大な土地に立っている大きな屋敷の離れだ。彼女が住んでいるイギリスでも
……否、世界でも指折りの大富豪であるダッシュウッド家、リュレアはそこの娘だった。
ただ、その生活は財閥のお嬢様にしてはやけにさっぱりとしていた。
起きると、部屋のクローゼットから洋服を選んで着る。シンプルな洋服を選んだ。髪の毛だって自分で梳かす。
身支度を整えると部屋を出るが、屋敷の中は静まりかえっていた。

「今日は学校はお休みで、午後からはミーアリーズ様の所へ行くことになっています」

「……うん。知ってる……お世話になってたから……」

リュレアは自分が望んで離れの屋敷に住み、そしてメイドや執事なども最低限しか置いていない。
嫌いというわけではないのだが、多くは必要はないのだ。それに秘書というか、身の回りの世話をするのは
メアリがいた。食堂へ行くと、二人分の食事が用意されている。それと一匹だ。
彼女の飼っている犬、ティンダロスの分である。
一人で食べるのは嫌だと、メアリやメイドや執事たちと食べるようにしていたが、今日は忙しいようだ。
典型的イギリス式朝食が並んでいる。

「サー・ダッシュウッドも行くことになっていますが」

「別に良い……」

「午前中はお忙しいようですけど」

「……そう……引き取った人たちのところにでも行ったのかな?」

「スケジュールが詰まっているようですからね」

父親に対して素っ気ないのは前からだ。
あの時を境に変わってしまった。メアリはシリアルを口に運ぶ。リュレアはライ麦パンを食べていた。
ダッシュウッドと言えば世界の企業の大半を収めているお金持ちで、その気になれば金融ネットワークを
利用して、国一つを潰すことが出来るが、知られていない顔があった。
テロ組織として有名な暦のスポンサーという顔だ。リュレアも実は暦にいることにはいる。
十二月委員会という暦を動かしているような場所で言えば、ダッシュウッドは四月に入った。
メアリもそのことについては知っているが、リュレアの付き人と言うことになっている。

「……みんなの……餌は……あげた?」

話題を転換する。
リュレアには父親以外の家族はか細いながらにも付き合いがあった。母親にもちゃんと会っている。
身内とは一応付き合っているがそれぞれ忙しい。それにダッシュウッドは表向きで孤児を引き取っていた。
父親に関してはほぼ興味をなくしているので、どうでも良い存在となってきているが。

「朝にちゃんとあげましたよ。午前中の用事をすませられたら暇が出来ますから、遊んだらどうでしょうか?」

リュレアは肯く。
メアリは僅かに微笑んだ。彼女の付き人をやり始めたのはいつだったか。
自分は彼女によって救われたようなものだ。食事を終えると、リュレアは習い事を始めた。
お嬢様らしく、ヴァイオリンやフランス語や礼儀作法などをやらされるが、そつなくこなしていた。
急いで終わらせたようにも見えた。
全て片付けると庭へと出た。ダッシュウッドの全ての領地の中でリュレアの屋敷と庭は隔離されていた。
彼女が外に出た途端に猫やライオン、ウサギなどが駆け寄ってくる。

「おはよう……みんな」

不思議なことにリュレアは動物や虫に懐かれやすかった。魚も、動物も、リュレアに寄ってくる。
捨て猫などを拾ってきて、屋敷が広いからと飼っているのだ。世話は自分がする時もあるがお手伝いさんに
させているところもある。樹によりかかると、鳥がリュレアの肩に止まった。

「リュレア様、軽食を持ってきました」

メアリがお茶とお菓子を持ってくる。カートを使っているところから見て、動物にもあげるのだろう。

「食べようか」

リュレアが言うと、ウサギがリュレアの胸に飛び込んだ。


 

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