『KILL-MAN』

(終)


ゴライアス・ガーデンの最上部。
電脳要塞の様を呈している一角に、その「道場」はあった。
他の部屋とは一線を画した、板張りの古風な作り。
キルマーはそこの戸を開いた。

中では少女が1人、細身の剣を振るっていた。
ブロンドの髪を両脇でカールさせた美しい顔立ち。
その肢体は黒いボディスーツで包まれていた。
「!‥‥‥!‥‥‥」
少女はキルマーに目もくれず、一心不乱に剣を振るっていた。
「‥‥‥。」
キルマーは床を見る。
床一面に広がる汗のプールが、少女がこの部屋で何時間も鍛錬を
続けていた事を物語っていた。
「‥‥‥最近特に稽古熱心になったな、ミュー」
「!‥‥‥」
元々真剣に鍛錬を積まなくとも人並み外れた戦闘力に恵まれていたミュー。
しかしそれが先の戦い(「炎の城」参照)で『暦』の幹部に完敗を喫した。
外敵にゴードンの眼前まで迫らせる失態を犯した自分に怒りを感じていた。
ケガの治療もそこそこに、ここの所道場を利用し続ける毎日だった。
「真剣にやっちゃあいるがよ‥‥‥ちゃんと強くなってるのか実感がわかねえ」
「ふむ、では私が相手をしてやろう」
キルマーが両手に手裏剣を構えた。
「存分に突いてこい」
「わかった」
瞬間、雨あられの突きの連打を浴びせるミュー。
一撃でも受ければ致命傷必至のそれを眉一つ動かさず掌の手裏剣で全て受けきるキルマー。
道場に金属音だけが鳴り響く。
ミューにはわかっていた。
自分の剣が師匠の体に刺さる可能性は無い事を。
「‥‥‥ふむ、だいぶ肩の力が抜けているな。良いフォームだ」
「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」
ミューは剣を止めた。
「キル爺‥‥‥『暦』のあいつはアタシの剣を薔薇で受け止めやがった‥‥‥
 どうやったらあんな真似ができるんだ?」
「ほう‥‥‥」
少考するキルマー。
「あくまで私の推測だが‥‥‥"気"を一点に集中させれば、それは可能かもしれんな」
「気だと?」
「優れた能力者の気はまさに『超能力』だ。和紙すら刃へと変える」
「アタシにもできるか?」
「"気"は誰にでもあるものだ。素質と鍛錬次第だな」
「もしあいつよりも強い"気"で攻撃すれば‥‥‥」
「当然薔薇など貫ける」
「‥‥‥キル爺、その手裏剣持ったまま動くな」
ミューは腰を落とし、剣を構えた。
「‥‥‥。」
キルマーは手に手裏剣を持ったまま立っていた。
「ミュー、今のお前では無理だ」
ミューにはその声は聞こえてなかった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
視線の先にある鋼鉄の手裏剣を、見据える。
静かに呼吸を整える。
長時間の鍛錬で疲労しきった身体。他には何も見えない。何も聞こえない。

やがて、何がきっかけでもなく突きを放った。体が、タイミングを察した。

「!!?」
キルマーは手を抑えた。手と手の間から、血がしたたっていた。
手を切ったのは手裏剣か、ミューの剣か。
(認めたくはないが‥‥‥後者だ)

「‥‥‥。」
呆然と剣を見やるミュー。その切っ先は、手裏剣を貫いていた。
「お」
ミューは声を上げた。
「おお‥‥‥」
顔がみるみる上気する。
「おお‥‥‥」
声のトーンも上がった。
「おおお‥‥‥!」
その顔は、ただただ『歓喜』に満ちていた。
「キル爺‥‥‥これがいつか言ってた、『ザンテツ』というやつなのか!?」
「うぬぼれるなミュー」
キルマーの表情は険しかった。
「今のは集中に集中を重ね、動かぬ的を射抜いたもの。とても実戦で役に立つ
 レベルではな‥‥‥」
ミューは剣から手裏剣を外し、それを上に放った。
落下してきたそれに向かい、「一閃」。
「!?」


天才?
笑わせるな。
私のどこが天才なものか。


「覚えたぜ、『ザンテツ』‥‥‥今度からはダイヤの手裏剣を用意しとくんだな」
汗のプールの中に落ちた手裏剣は真っ二つになっていた。
「‥‥‥。」
キルマーは目の前の弟子を見た。
修行に身を入れるようになっただけでこうも変わるものか。
それとも‥‥‥この子だけに特別に与えられた"素質"なのか。

この子がゴードンに拾われたのは偶然だったのか?
この子が先の戦いを生き延びたのも偶然だったのか?

(そして、この"素質"を労せず手中にした閣下もまた‥‥‥)
「そ、そんな怖い顔すんなよキル爺‥‥‥!」
「!」
キルマーはハッと気づき、『大統領補佐官』の顔に戻った。
「いや、私は‥‥」
「な、生意気言って悪かったよ‥‥‥
 ちょ、ちょっとシャワー浴びてくるわ。‥‥‥あと、手刺してゴメンッ」
ミューは逃げるように道場を後にした。
1人、道場に残ったキルマー。
「‥‥‥考えるだけ、時間の無駄か」
運命だったのだ。我らが出会ったのは。
「歯車はもうとっくに動いているのだ‥‥‥」


あの日から


 


第3話に戻る
図書館に戻る