『KILL-MAN』


男はワイヤーを引っ張った。
あれほどジュリアスの体に食い込んでいたワイヤーがスルスルと男の手中に戻っていく。
「さて‥‥‥」
男は青年の方を見た。
さっきから気にはなっていた。
父親が目の前で殺されたというのに、この青年は一向に動揺しない。
この親子に家族愛という物が皆無だったとしても、この反応は異常だ。
その顔には恐怖も焦燥も感じられない。
しかし男にはそんな事はどうでもよかった。
「目撃者は消す。お覚悟を」
右手を鳴らす。

手首の袖からせり出した刃物を青年の首につき立てた。

はずだった。しかしそれは青年の持っていた『本』に刺さっていた。
「!?」
厚い装丁の本を盾にしていた青年。
「な‥‥‥」

おかしい。
この反応。この青年は自分が隠しナイフで攻撃するのを読んでいたのか?

ナイフを抜こうとした瞬間、青年が本を回した。
「!??」
そのまま男の体が一回転し、無様に尻餅をついた。
「くっ!?これは‥‥‥柔(やわら)!?」
本から刃を引き抜き、慌てて起き上がって構える。
青年は本を手に、座ったままだった。
目と目が合う。
(な、なんなのだこの『威圧感』は‥‥!?)
裏世界で長年一流の殺し屋として過ごしてきた自分がこの年端もゆかぬ若造に‥‥‥

『恐怖』を感じていた。

「ムン!」
両手からワイヤーを伸ばす。それはジュリアスの時と同じく、ソファに座っていた
青年をがんじがらめにした。
ソファごと縛った為、拘束は若干緩いが動きを奪うには十分だ。
ワイヤー片手に男は再び刃を構えた。
「これで身動きできまい」
「よかった」
「?」
「ワイヤーが鋼鉄製でよかったよ」
青年の手元で稲光が起こった。
「!?」
電気を帯びた、棒。バリバリと音を立てている。
「スタンガンだ。120万ボルトだったかな?」
それをワイヤーに当てた。
「オオオォォォォオオオ!!?」
男の全身を痛みが襲う。突き抜けるような、そして止まらない痛みが体を蝕み続ける。
たまらず青年を拘束しているワイヤーを解いた。
「ハァ‥‥ハァ‥‥‥」
両膝が地に着く。
電撃からは逃れられたが、まだ体が痺れる。
それを平然と見据える青年。
(‥‥‥ちょ、ちょっと待て‥‥‥!?)

この青年は自分を拘束しているワイヤーに電撃を放った。という事は‥‥‥

「貴様‥‥‥その状態で電撃をどうやって防いだ?」
「我慢した」
「な‥‥!?」
「首を刺されるよりはマシだろう」
「!」
次の瞬間男は空中に飛んだ。得体の知れない若造の脳天めがけ刃を振り下ろす。

その男を絶望的な一撃が襲った。

それは例えるなら、"砲"。
部屋中に塵芥が舞っていた。
「‥‥‥‥‥‥?」
凄まじい轟音が起こった。ような気がした。
確かなのは今、自分の体が受けたダメージ。

男の体は天井にめり込んでいた。

目の前には青年がいた。
いつのまにか立ち上がり、踵落としのごとく足を垂直に上げた青年がいた。
いや、踵落としというのは正確ではないかもしれない。
自分は天を突かんばかりのあの足に「打ち上げられた」のだ。
そして天井に打ち付けられたのだ。
「‥‥‥!」
長きに渡り殺し屋家業の月日を重ねてきた自分が。圧倒されている。
「グぼおッ!?」
口内に溜まった赤い吐しゃ物が一気に吐き出される。
やがて重力が男を床へと引き落とした。
床に落ちた衝撃も、もはや深刻なダメージ。這いつくばる男。
「‥‥‥‥‥‥」
砲弾を受けた様な衝撃。もう戦えない。
戦意は跡形もなく消え去った。


敗北。殺し屋「KILL-MAN」は敗北した。


男のそばに立つ青年。
「‥‥‥生きてるのか?」
「‥‥‥殺せ」
青息吐息で男はつぶやいた。
「仕事をしくじった殺し屋は‥‥‥消えねばならん。殺せ。
 ‥‥‥なぁに、お前は父親を殺されている。正当防衛になるさ」
「断る」
「?」
「お前は私に『償い』をしなければならない。
 死んだあいつの代わりに、お前が私の片腕となれ」
「???」
青年の言っている内容は、男の理解を超えていた。
「待っていたよ。私が必要としていたのはあんな豚ではない。
 私の野望の為に動いてくれる屈強な『兵隊』だ」
「兵‥‥隊‥」
青年が耳元で囁いた。
「私の部下に、なれ」
淡々としたそして絶対的な声に、男は屈服した。

「お前の名は?」
青年は名を問うてきた。
「名は捨てた‥‥‥コードネームは『KILL-MAN』(キル・マン)。
 しかしその屋号も今日で廃業だ‥‥‥」
「ではキルマーとでも呼ぼう」
青年は壁のカレンダーを見た。
「今日は2月14日か‥‥‥お前は今日から『キルマー・バレンタイン』と名乗れ」
「なッ‥‥‥」

なんという安直‥‥!

「肝要なのはお前の持っている能力だ」
「!‥‥‥」
「名前など、どうでもいい」
真理だった。


ゴライアス・ゴードンがガイア共和国大統領になる、10年前の話である。


 


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