鉄の詩(くろがねのうた)



おれが おこったときのかおが こわいと ときこはいう
おにみたいで こわいという
でもおれには おにのかおが ひつようだった
えらくなるために ひつようだった
ときこを しあわせにするために ひつようだった

だから ときこが しんだとき おれは おにのかおを すてた


「テツ兄さん、あんたに一文字幸四郎をよ、斬ってほしいんだ」
ブラインドで光を遮断された一室に6、7人の男たちがいた。
スーツを纏った者、アロハシャツの軽装の者、頭を剃りあげた者など、
いでたちは様々であったが、共通で言えるのはその誰もが、凶暴な空気を備えていた。
そして男たちの視線は、中央の椅子に座っている一人の中年の男に注がれていた。

テツ兄さんと呼ばれたその中年は、木製の椅子にチョコンと座っていた。
金色に染めた短い髪を、ジェルで強引に立たせた頭。
黒いネクタイとスーツ。こじんまりとした体躯。
脇に黒い漆塗りの棒のような物を抱えていた。
囲んでいる男たちに比べ、あまりにも、貧相。
丸いサングラスの下にだるそうな目をしたその男に一同は注目していた。
畏敬ではない。中年の男に選択の余地は許さない、と言わんばかりの
絶対服従を促す威嚇の視線だった。

中年は、一文字幸四郎と敵対する組の男たちに囲まれていた。

この中のリーダー格である若手幹部の1人、ゴトウは言った。
「奴を消して、テツ兄さんが後釜になる。そしてウチの傘下に加わる。
 もちろんミカジメはもらうがシマはあんたのもんだ。悪い話じゃねぇだろ?」
「‥‥俺に組を裏切れって言うの?」
中年は特に臆したふうもなく言った。
肩をすくめるゴトウ。
「一文字の『何でも屋』、俺たちにゃ邪魔なんだよ。
 いまどき義理や人情もねえもんだ」
ゴトウは自分の胸を指さした。
「これからの極道は"ここ"じゃなくて‥‥」
その指が今度はこめかみをチョイチョイとつつく。
「"ここ"よ。シマをドぎつく食いもんにしてオイシイ思いする方がよっぽど
 利口だぜ」
「‥‥‥‥‥。」
沈黙を守る中年に、ゴトウは薄ら笑みを浮かべつつ言葉を続けた。
「テツ兄さん、あんたの事はよぉく知っている。
 あんたは素晴らしい実力者だ。俺ならあんたを幹部にする。
 一文字みてぇに食客なんてケチな身分にゃさせておかねえ」
「‥‥‥‥。」
「なぁ、一文字を殺れるのはテツ兄さんしかいねぇんだよ。
 俺達と組めば、今までとは比べもんにならねえくらいイイ生活ができるぜ?
 テツ兄さん‥‥」
ゴトウがグッと顔を寄せる。
「‥‥あんた、お金、好きだろ?」
「うん、大好き」
中年の頬がゆるんだ。
それを見てゴトウも破顔した。
「ハハハそうだろうそうだろう!
 なぁ、テツ兄さん、一文字にはとっとと見切りつけてよ、
 俺達と仲良くやろうじゃねぇか!」
「ヤだね」


 


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