鉄の詩(くろがねのうた)
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| 男たちの凶暴な空気が、さらに濃さを増した。 ゴトウの口元にはまだ笑みが残っていた。 「‥‥テツ兄さん、悪ィ、よく聞こえなかった。 今、『イヤだ』って言ったのか?」 中年の男は淡々と言った。 「学校で習わなかった?『友達』ってさあ、お金じゃ買えないんだよ?」 今にも牙を剥かんとする舎弟たちをゴトウは手で制した。 ゴトウは依然、余裕の姿勢を崩さなかった。 「テツ兄さん‥‥何が不満なんだ?」 「クロガネだ」 「?」 「よく間違えられるんだけどよ、鉄・忠義(クロガネ・タダヨシ)。 これが俺の名だ」 「‥‥‥‥ハハハ、」 ゴトウは笑った。 「ハッハッハッハッハ‥‥‥!」 自分の額をぽんとおさえ、なぁんだ、とばかりに笑った。 「‥‥いや、悪かったよ、名前を間違えるなんざ失礼もいいところだったな。 そりゃヘソ曲げるわけだ。すまなかったよ」 そして再び愛想の良い笑みで中年を見据え直した。 「‥‥で、どうだろう、この話、首を縦に振っちゃあもらえないだろうか、 クロガネ兄さん?」 「ヤだね。てめえに気安く兄呼ばわりされる覚えはねぇよ。 耳が腐るよ。家に帰ってクソして寝な」 男たちの凶暴な空気が爆発した。 「てめえーッ調子こいてんじゃあねえぞぉぉぉ!!!」 獲物にたかるピラニアのごとく舎弟たちが中年に一斉につかみかかった。 それをゴトウは煙草に火をつけながら眺めていた。 予想内の事だった。クロガネを仲間に引き入れて一文字を殺らせる。 同じ組のクロガネなら一文字を不意打ちする事はたやすい。 ゴネるようなら力づくで言うことを聞かせる。 殺ってもらった後はクロガネも適当に始末する。 「素直に『やります』って言やいいものを‥‥」 ふぅー、と煙を吐いた。 ゴトウは暴力の世界に生きてきた男だった。 そして「それ」はゴトウが今まで見た事のない「暴力」だった。 銀色の、輝円。 (剣の、軌道‥‥?) クロガネの持っている黒い漆塗りの得物が居合い刀である事は知っていた。 一文字と互角に渡り合えるくらいの腕前である事も知っていた。 美しい銀の軌跡の跡に、血の雨が降った。 ゴトウの口から、煙草が落ちた。 ここまで鮮やかな剣閃を描ける事は知らなかった。 たった一撃で舎弟たちを沈黙させるほどの腕前である事は知らなかった。 一瞬で、全て終わっていた。 クロガネの刀は、すでに鞘に納まっていた。 その周囲には苦しみ悶える者、気を失った者、あるいは絶命してる者。 明らかなのは、ゴトウとクロガネ以外の全員は行動不能になっている事だった。 「こいつを抜かせんじゃねぇよ、ばかやろどもが‥‥」 勝ち誇るわけでも、激するわけでもなくクロガネは言った。 その黒いスーツが、ところどころ返り血で赤黒く汚れていた。 クロガネは、ゴトウ以上に凄惨な暴力の世界に生きてきた男だった。 「鬼だ‥‥」 ゴトウは『鬼』を見た。 さえない中年男の面の下に、確かに息づいている『鬼』を見た。 余裕など吹き飛んだ。 部屋中をのたうつ血のさざ波が、ゴトウから平静さを洗い落とした。 懐に忍ばせていた拳銃を『鬼』に向ける事しか、知恵が浮かばなかった。 ここまでの直接的な生命の危機に晒された経験は、ゴトウにはなかった。 拳銃を構えた手がつたなく震える。 距離にして2〜3m。外れる事はないだろう、多分。‥‥多分。 しかし‥‥ 勝てる気がしない。 ゆっくりと、『鬼』がこっちを向いた。 「震えてるぜ、ゴトーちゃん」 『鬼』がせせら笑った。 もう家に帰ってクソして寝たい、とゴトウは思った。 「いいぜ。撃ってみな。賭けてもいいよ。当たんねーから」 「〜〜〜!!」 「そんなに震えてちゃあさ、当たんねーよ」 発砲。 クロガネの右肩に当たった。 「!?」 突如訪れた重みと、激痛。 クロガネの頭にみるみる血が昇った。 「いてーなぁーこの野郎ぉ!!!」 その手が刀の柄へ伸びる。 一閃。 ゴトウは鮮血の荒波に飲み込まれた。 肩をおさえながら、クロガネは惨状を後にした。 血が垂れ流れ、指先から点々と滴り落ちる。 「こりゃ素直にパクられた方がいいかな‥‥正当防衛だし‥‥ 刀、早ぇとこ‥‥隠しとかねぇと‥‥ 代わりの凶器は‥‥カッターナイフでやった事にするか‥‥ 畜生ぉ痛ェ‥‥」 賭けには負けたが、勝負には勝ったクロガネだった。 おにのかおは すてたけど おにのこころは すてられない すてようとしても すてられない おれって だめな おとこかな おれって しあわせに なれるかな こたえを さがして いきてます よりみち しながら いきてます |
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