鉄の詩(くろがねのうた)

(終)


クロガネが、ガイアに発つ日が来た。
「何でも屋」の玄関の前に止まった一台のベンツ。
手荷物だけを持ち、クロガネは後部座席に乗り込んだ。
「じゃあな、行ってくるよ」
「ああ、パスポートとかは全部ウシオに持たせてあるからな」
幸四郎も見送りに来ていた。
「なぁ忠義‥‥」
「なんだ、こーちゃん?」
「今日が何の日か覚えてるか?」
「‥‥‥‥。」
首をかしげるクロガネ。
「‥‥なに?祝日じゃあねぇよな?」
ため息をつく幸四郎。
「覚えてないんならいい。行って来い」
「あ、うん」
ベンツは走り出した。

クロガネは窓の外に目をやった。
ぼーっ、と景色を眺める。
「おいウシオ‥‥」
クロガネは運転席の舎弟に声をかけた。
「へいなんでしょう?」
「空港行く前にさ、寄ってほしいとこあんだけどさ」
「構いませんよ。まだ時間に余裕もありますし」
「あとさ、ちょっと金貸してくんねぇかな?」
「え?そりゃあ、いいですけど‥‥何に使うんですか?」
「花買うの」


「今日は、涼しいな‥‥」
幸四郎は花を持って市民墓地に来ていた。
その後ろに三次郎が、柄杓を入れた手桶を持って歩いていた。

空が、青かった。

「忠義は今頃、飛行機の中か‥‥」
「へい」
「ウシオはどうした?」
「若頭は、クロガネの兄貴に一緒についていきました」
「そうか。あいつは昔から忠義を慕ってたからな‥‥」
「あの、親方、今日はどなたの墓参りで?」
「忠義の、奥さんだよ‥‥。今日が命日なんだ。
 旦那がアレだからな、せめて俺達でお参りしておかないとな‥‥」

鉄時子(くろがね・ときこ)の名が刻まれた墓の前に来て、2人は呆気に取られた。
墓前に添えられた、火をつけられたばかりと思われる長く残った線香。
そして『花』が供えられていた。

墓の両脇に山ほど添えられた、大量の薔薇。

鮮やかな紅が咲き誇っていた。
「ハハ、これじゃあせっかく持ってきた俺の花が、かすんじまうぜ‥‥」
「親方‥‥あれって‥‥‥‥」
幸四郎は空を見上げて笑った。
「決まってるだろ。御霊前にあんなに薔薇供える馬鹿、あいつしかいねぇよ‥‥」
見上げた空は、青かった。


クロガネとウシオは、ガイア共和国へと向かう旅客機に乗っていた。
「‥‥で、なんでお前までついてくんだよ?」
「へい、すいやせん‥‥しかし旅先で何が起こるかわかりませんから、
 俺もお供させていただきやす!」
「大きなお世話だよ。お前みたいにガラ悪そうなのが付いてたら
 動きにくいだろが」
「お言葉ですけど、見た目の胡散臭さなら兄貴も人の事言えねぇと思いますけど‥‥」
「うん‥‥って、うるせぇよっ」
ウシオの額が叩かれた。
「で、『黒冬』はちゃんと向こうで手に入るんだろな?」
「へい、抜かりはありやせん。別のルートで向こうに運ばれてます」
「そっか‥‥」
そしてウシオは小声でささやいた。
「それよりもパスポートなんですけど、本当に本名で良かったんですか?
 偽名のも手に入れられない事もなかったんですが‥‥」
「いいんだよ。バレた時面倒だろ」
「へい‥‥」
「別に悪い事しに行くわけじゃねぇんだから。遊びに行くだけなんだから」
「へい。‥‥って、いや身を隠すんでしょッ!?」
「じっと隠れてろっていうの?ミノ虫じゃねぇんだから。
 ‥‥お!ウシオ、窓の外見ろ!雲の上に出たぞ!」
青い空と、眼下に広がる純白の雲の大地。
狭い窓の向こうに見える光景に、クロガネはしばし見とれた。


おれは ろくでもないやろう だけれど
ひとを ほんきで あいしたこと あります
おれ どうどうとしてて いいですか
おれ つよくいきてみて いいですか


おれ はばたいても いいですか


 


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