Fists of Wings・番外編
真夏のように〜真紀と夏香〜

■プロローグ■


−1−『DULL FAGA』

 輝くネオン、綺麗に着飾った人々、醜く乱立した美しいビル群を抜け、誰にも気づかれずに『それ』は静かに夜の街へ降り立った。
 周りに人間がいないことを確認すると、ブゥン……という鈍い音を立て、それは文字通り『姿』を現した。
 何も無い空間から、大きさにして4M弱の機械の塊が突如、出現したのである。

 いや、機械の塊というには、それは人の形に酷似していた。

 ……人型ロボット……

 そういう表現が一番的確だろう。

 人型ロボットの胸元が開かれると、中から一人の少女が地面へと飛び降りる。
 小さな鼻メガネをかけた14ほどの顔つきに、しかし身体は140cmほどと低い。
 髪は三つ編みに結い、白のYシャツに赤いスカートの上には白衣を着こなしている。

 少女は街の空気をいっぱいに吸い込んだ。
 非衛生的な汚れと自由の味……それに夏の香りが充満していた。



−2−『麻生夏香』

「とぉりゃぁ!」
 少女の身体が弾けるように前進した。
 鞭のように大きく振りかぶった拳が踏み出しの威力と相まって、無駄の無い一撃が男に向かって放たれた。
 轟音を道連れに相手の身体がかき消した。
 後方に吹き飛ばされ、あまりの破壊力に背後の壁にめり込んだのだ。

 前にステップしながら振りかぶって力任せに殴る技……『スタンナックル』である。

「へっへ、どうよ」

 少女は得意げな表情で、相手を見つめた。
 丸メガネにポニーテール、ジャケットにショートパンツという様相。
 名を麻生夏香。
 『暦−カレンダー−』と呼ばれる秘密結社の12幹部の一人『“疾風怒濤の”葉月』である。
 ただし……枕詞として『元』がつく。

 そして、たった今埋もれた壁からずり落ちたのは、元幹部である彼女を狙った暦からの刺客だった。
 男はそのまま路上に転がり、失神したようだ。
 背を向けると、夏香は顔をチラリとだけ刺客に向ける。

「聞こえないとは思うけれど、一応言っておくね。
 これ以上、あたしに刺客送るのは無意味だから、やめておいた方がいいってアルシャンクやブランキに伝えておいてよ」

 そう言って微笑み、手をパタパタと振ると夏香は夜の闇の中に溶け込むように消えていった。
 後に残ったのは、脆弱に包む静けさと荒廃し汚れた空気と……

 ブゥン……

 漆黒を切り裂く赤い瞳。


『麻生夏香戦闘データ解析完了』


 


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