Fists of Wings・番外編
真夏のように〜真紀と夏香〜

■7■

―エピローグ―


 どうやら長月真紀は研究員だけでなく遊園地などの経営者でもあるらしく、遊園地付属病院という変なものも経営していたりする。
 その遊園地付属病院に夏香は入院していた。
 入院費も真紀持ちらしく結構いい生活をしていた。

 そんな彼女だが、全治7ヶ月と言われた怪我をわずか3日でほぼ全快し、医師達に『人間の神秘だ!』と驚かれたりしていた。
 本人曰く、『折角の夏休みを入院で過ごしてたまるかい!』と気合と根性で治したらしい。
 むしろ、その方が人間の神秘なのだが。

 さて、そんな彼女の元に面会者が訪れた。

「やあ」

 と、いつもの様に挨拶をした、黒縁の四角いメガネをかけたやや小柄な無表情の少年に、夏香は少なからず驚きの声を上げた。

「宅君!?」
「真紀君から君が入院したと聞いて驚いて来たんだ」

 と、驚いている様子も見せることなく、宅と呼ばれた少年は答えた。

 少林寺宅。
 夏香が所属する超常現象研究会の部長である。
 何故か学生服姿に、今回は猫は連れておらず、代わりにリボンで巻かれた箱を持っている。

 少林寺はベットの横の椅子に腰掛けると、夏香を見つめた。
 彼女は病院付属のパジャマ姿で、メガネは着けていない。
 メガネはボコボコに壊れており、つけていると危ないという理由で病院に破棄されてしまったのだ。
 後は、珍しいストレートの髪型。
 怪我は……無さそうに見える。

「怪我は全治7ヶ月と聞いたけど、大丈夫そうで何より」
「はっはっは。気合で治したよ。ところでその箱、何?」

 夏香は興味を持ったように少林寺の箱を指差した。
 少林寺は箱を持ち上げながらそれに視線を移すと、夏香の手元に置いた。

「真紀君からの預かり物だ。研究のため会えないけれど、どうしても手渡したかった物だそうだ」
「へぇ〜」

 相槌を打ちながら夏香はリボンを解いて、中を空けた。
 メガネが一つ。それに、プリンタ用紙へ書かれたメモが一言だけ添えてあった。

『このたびは、部下が貴女に非礼を行い誠に申し訳ありませんでした。
 要らぬ戦闘で傷ついたメガネの代わりとして、新しい物を贈ります』

 思わず苦笑する夏香だった。
 夏香は、新品のメガネをかけた。
 それはサイズだけでなく度もデザインも彼女にピッタリだった。

「どう、似合う?」
「とても似合うよ」

 少林寺は珍しく微笑んで言った。
 それは……しいて言えば『魅力的な笑顔』だった。
 思わず視線を逸らす夏香。

「ところで、この前言った文化祭用研究だが」

 視線を戻すと、いつもの無表情の少林寺だった。

「あれは打ち切ることにした」
「え? 何で?」

 少林寺は学生服のポケットから、数枚の写真を取り出した。
 それは陰陽寺学園を移したものだ。

「……」

 夏香は思わず渋面になった。
 そこには……鬼のように赤く巨大な『何か』と、それに襲われている少女の『ようなもの』が映し出されていた。

「こー……この写真、どうしたの?」
「3日前、陰陽寺学園で撮影したものだ。研究のためにね」

 少林寺は立ち上がると、窓の近くに立った。
 遊園地付属病院というだけあって、そこからは輝かしい遊園地の姿が見えた。

「街で噂になっていた透明な巨人とは、これのことだと推測される。
 人でない何かが、街の住人を異空間に引きずり込み、そして襲ったのだろう」

 少林寺は表情を変えないまま、真顔で続ける。

「だが、写真の最後の方には、この『何か』は砕け散っていた。
 多分だが……もう二度とこの街には現れないだろう。
 だから……研究課題としては、打ち切ることにした」
「は……はははは」

 事情を知っているだけに、笑うしかなかった。
 冷たい汗を伴ったとても乾いた笑いだった。

「それに」

 少林寺は窓の外を見つめたまま、小さく呟いた。

「今年の夏中には、もう二度と夏香君と真紀君は戦わないだろうしね」

「え? 何?」

 独り言のような呟きは、夏香には届かなかった。
 少林寺は振り返るとさらりと答えた。

「何、今は君の方に興味がある、と言ったんだ」
「……は……はぃぃぃぃぃ!?」

 思わず顔を真っ赤にする夏香。

「『脅威の回復力を持つ女、麻生夏香!
  その人類を凌駕する回復力の秘訣とは!?
  これで貴方も不老長寿に!』
 いい研究材料になるな」
「ああ、なんだ。それね。そうだよね……て
 なんでやねん!!」

 夏香の投げた枕がバフリと少林寺の顔にヒットした。



 その頃、異空間にある瓦礫と化した陰陽寺学園のダミーは、その空間ごと崩壊した。
 ヘルメスの作り上げた空間は誰にも知られないまま、静かに破滅を迎えたのだ。
 その光景は、ヘルメスの言葉を借りれば、よほどの能力者でなければ見えないものである。
 空間はやがて小さくつぼみ、消滅した。



 少林寺は再び、病院の窓の外を見ていた。
「さよなら……もう一つの陰陽寺学園」
「おーい、また変な独り言でしょう?」

 少林寺宅は笑いながら、枕を夏香に投げ返した。

「秘密さ」


 こうして……『真』紀と『夏』香……二人の長くも儚い『真夏』の夏休みの出始めは終わりを告げた。


 


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