Fists of Wings・番外編
真夏のように〜真紀と夏香〜
■6■
―2―全ては無かった事に
| それに、とアルシャンクは付け加えた。 「この荒廃した建物を、お前がどうやって修復させるか見てみたい」 アルシャンクの足元でガラスと化した校庭がパキリと砕けた。 「これはまた、嫌なことに興味をもたれますね」 「どうせ、9月からは一晩の内に直すように言われているはずだ。 しかし、空間の能力者でもこの学校を一晩で元通りにさせるのは難しいだろう」 「確かにその通り」 ヘルメスはにこやかな笑顔を作った。 「空間を操る能力でも『修復』させることは不可能でしょう。 少なくとも『修復』はね」 ヘルメスはつかつかと歩き出すと、瓦礫の山へと向かった。 カツンと両かかとをぶつけると、元校舎を背に綺麗にターンした。 「レディース、アンド、ジェントルメン!」 「『貴婦人』はこの場にいないと思うが」 「ノリと勢い、または『お約束』と受け取ってください」 笑顔のままヘルメスが答え、静かに一礼した。 「“空間の神楽月”、『空間の魔術師』……さまざまな異名を持つ空間を操る大道芸人ヘルメス・ハイウィンドウが見せる今世紀最大のマジック!」 ヘルメスは両腕を大きく広げた。 「さてお立会い……。 見ての通りタネも仕掛けもない、荒廃した学校がここにあります。 普通に考えれば、修復したり改築したりするだけで数ヶ月はかかりましょう。 それを今からわずか三つ数える内に、元通りにしてみせます」 では……とヘルメスは腕をまくった。 「1!」 ヘルメスは自分の胸元で腕をクロスさせた。 「2!」 手元から大量のトランプが溢れ出す 「3!」 そのトランプを空中に投げ出した。 瞬間。 校庭、学校、果てはその内装、机や椅子にいたる全ての物質が『何事も無かった』かのように元通りになっていた。 空中へ高く舞い上がったトランプは、まるで改築祝いと言わんばかりに紙吹雪となって辺りを飛び回った。 それは、まさに……『空間の神楽月』と呼ぶに相応しい出来事だった。 アルシャンクは素直に拍手を送った。 「良い物を見せてもらった」 「ありがとうございます」 ヘルメスは一礼した。 「しかし……大体の仕組みは把握した」 「ほう……これだけでタネが分かとは流石ですね」 「空間の能力を持って別空間を作り出し、そこにこの学校とほぼ同じ物を予め作っておき今晩入れ替えた。 そして、学校に入ろうとすれば、別空間の学校に跳ぶようにした。 彼女らはこの学校で戦っているように感じていただろうが、傍から見れば何も起こっていないように見せている」 アルシャンクはしゃがむと地面に落ちたカードを一枚拾い上げた。 「後は別空間とのつながりを消して、実際『全て無かった事』にした」 ピン……と指で弾くとトランプは青白い炎に包まれ灰となって消えた。 「このカードのようにな」 やれやれとヘルメスは首を振りながら……顔は何故か嬉しげであったが……肩を竦めた。 「御名答……中々手品師泣かせな眼力ですね」 「さぞや骨が折れただろうな」 「折れました折れました。体中ボキボキさ……」 言うやヘルメスはパントマイムで壊れた人形を演じた。 「ところで、今日の出来事は誰にも発見されないのだな」 「きみグライ魔力ガ強イひとナラバ見エルカモネー」 と、『人形』は答え、バキリと折れた。 つまり、かなりの『力』の持ち主ならば見えるかもしれない、ということだ。 アルシャンクは苦笑しながらも、軽い拍手を送る。 すると人形はカクカクと元通りに直っていく。 「では今日のマジックの御代でも」 「金を取るか」 アルシャンクはさらに苦笑した。 「僕の本職は大道芸ですからね」 「では夕食でもおごってやろう」 「じゃあ高級フランス料理フルコースで」 「高い。もっと安くすませろ」 そう言いながら、二人は高校を後にした。 市立美浜教育学園陰陽寺高等学校は、今日もひっそりとそこに立っていた。 いつものように、何事もなくただ静かに暗闇の中に対峙している。 静寂を保ったまま。 『全ては無かったこと』に。 |
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