〜第一話〜
街とは人が多く集まり住んでいる所である。では、どうしたら街になるのだろうか。
肥沃な土地があったとしよう。
肥えていればいるほど、畑を作ろうと人が集まりだし、やがて一つの集団へと変貌する。
なれば、それを統率する者が現れるだろう。
力で支配する。同意の元で代表者を選び出す。方法は様々なれど、指導者がいるそれは集落に他ならない。
集落は集落と結びつき、やがて街になる……という仕組みだ。
これが大きくなれば、国になることだってある。
大きな国ほど、中心が一番肥沃な土地だったりする。
勿論、他にも様々なケースがある。
豊かな漁業地、豊富な狩猟場……あるいは『ある日突然、迷宮が出来る』などだ。
パナルジン山のふもと、オムニパークは元々貧相な土地柄で生きていくことも大変であったという。
ところがパナルジン山に神の息吹が降り注ぎ迷宮と化してからは、財宝を目的とした探索者達(ホールセール)、それを目当てにした商売人が集まりだした。
閑散としたかつての村には宿場、食堂、商店が並び、都市と遜色ないものへと発展していた。
「と、ゆーわけで」
オムニパークにて。
ちょうど昼を過ぎた頃だろうか、レンガで敷き詰められた公道には賑わう人の群れが交雑としながらも組曲を奏で、左右に並ぶ大小さまざまな店からは昼食を造り出す香ばしい匂いがハーモニーとなって漂っている。
そんな中を、ちょっとボロボロな少女と、重装甲鎧の大男が歩いていた。
先ほど、パナルジン山の迷宮で、見事出戻りしたミルとグランである。
「やはり、二人だけでは駄目ですわね」
「最初、私が申したことかと存じますが」
「……う、うるさいですわ」
まったく表情変えずに言うグランに、ミルは思わず赤面しつつ小さく怒鳴った。
実は迷宮に入る前に、グランがミルに『行くなら、他にも人を連れて行くべきだ』と主張し、
「わたくしは一人でも出来ますわ!」
と、跳ね除けた経緯がある。
それはいずれ語るとしよう。
「ともあれ、ですわ。
ここは他の迷宮探索者(ホールセール)を雇って……」
「『雇う』というのは得策ではございません。
他のホールセールを探されるのであれば、小ギルドを組むのが良いかと存じます」
「……も、勿論、知っていますわ。そんなこと」
相変わらず無表情に言うグランに、ミルは視線を反らしながらも否定する。
お嬢様は何度と無くチラチラとグランに視線を戻し、やがてプイっと視線を外した。
そして、呟くように一言。
「それで……小ギルドって何ですの?」
「………………お嬢様……」
グランの表情は変わっていなかったが、何故か声には脱力した響きがあった。
☆
ギルドという同業者組合がある。
同職の親睦や技術の独占・利益の保持をはかる特権的な団体でもあるわけだが、このギルドは大きく『大ギルド』『小ギルド』の二つに分けられる。
大ギルドは『宿屋ギルド』『魔術師学校ギルド』『盗賊ギルド』『飲食店ギルド』などがあり、各分野での繋がり・ネットワークを担っている。街はギルドの組み合わせで運営されていると言ってもいい。
一方、小ギルドとは個人クラスでの小さな集まりである。部・同好会などの集まりも小ギルドというわけだ。
ホールセール達は迷宮に挑む際、こうした小ギルドを組むのが良いとされている。
小ギルドを作れば、迷宮内で危機に陥っても小ギルド内で助け合うことも出来るし、小ギルド宛に商売人から仕事の依頼を受けることもある。
ギルドとして知名度が上がれば、信頼され仕事を増えるし、メンバーになりたいと思う人物も現れるだろう。時として、小ギルド単位で仕官の道が開けることだってあるが……逆に妬みになることだってある。
まあ、人数が多いほど迷宮での危険率は下がるが、手に入れた財宝の分け前も減ってしまうわけなのだが。
そんな、ホールセールの小ギルト作成と登録の手助けをするのが、『探索者の宿』と呼ばれている場所である。
ここは宿、食堂を兼ね、情報交換などが行なわれるホールセール達の溜まり場である。
「うぐ……」
ミルは今『光る獅子亭』という店にやってきたのだが、入って第一声がそれであった。
グランから聞いた限りでは、彼女は市役所のような印象を抱いていたのだが、入ってそのイメージは吹き飛んだ。
宿全体は普通のものよりも厚く頑丈に造られ、入り口の正面にカウンター、左右に二階への階段があり、1、2階が食堂であった。3階以上は宿のようだ。壁にビッシリと何やら紙が貼られており、目に通してみれば『小ギルドメンバー募集。鍵開け出来る人を探しています』『依頼。迷宮より神具を持ってくる。詳細は……』『魔法石、買います』などの様々な告知のようだ。
そんな宿にいる客は、一般人より明らかに屈強な男たちが占めていた。
そう……お嬢様のミルから見れば、この煩雑とした空間はかなり場末と映った事だろう。
昼間から酒を飲み大声を張り上げて哄笑する者もいれば、トランプで賭け事に興じている物もいるし……あとは、自身の姿が見えぬほど皿を山と積み上げ、今だ御飯を食べ続ける妙に小さな影もあったりしたのだが。
「……何ですの? ……あれ」
そんな小さな影に疑問符を浮かべるものの、結局はただの背景、すぐに視線は外された。
……というよりは、ここの背景に関わりたくない気持ちがあったのは否めず、意図的に無視したというのが正しいのかもしれない。
ミルは直ぐに出たいといった風に、早足でカウンターへと歩み寄る。
年齢は40ほどだろうか……髭を蓄え、やや細身の店主はグラスを磨いていた。少女に気づくと、ふっと視線だけを動かす。
「このたびは、突然のぶしつけの訪問に、失礼しますわ。わたくし、ミル……」
「グラン! グランじゃないか!」
馬鹿正直に礼儀正しく挨拶をしていたミルの動きがギシリと止まった。
店主はミルをほぼ無視する形で、すぐ後ろにいた大男に驚き、喜びの声を上げていた。
「久しぶりだな。グラン。元気にしていたか」
「気持ちの面では元気といい難い」
「相変わらずの鉄面皮だな。そうか、そういえば前、組んでいた奴が死んだって……」
「悔やんでも悔やみきれない。だが、今はその話題を出す必要はない。
店主、出来れば以前の構成員と、またギルドを組みたいところだが」
「……そうか。だが、残念だな。もうほとんどは他のギルドに言ってしまったよ。一人だけ残っているが……」
「わたくしを無視するなんて、どーゆー、了ー見、でーすーのぉぉ!」
カウンターを思いっきりバンバン叩き、ミルが雄たけびを上げていた。
張り上げることに全力を尽くしたのか、そのまま顔を落とし肩を揺らしながら息を吸っていたが、やがて落ち着いたのだろう。キッと店主の方に顔を向ける。
「普通はぁ、はぁはぁ……挨拶し……ぜいぜい」
まだ全然落ち着いてなかったようだ。
そんなミルに、グランは手を添えると付け加えた。
「挨拶が遅れた。この方は、ミル・タックス。私の主でいらっしゃる方です」
その言葉に、店主の目がわずかながら細まった。
値踏みするようにミルへと注がれた。
「……ほう。……ということは」
「ええ、そういうことです」
「何か、良く分かりませんが! つまりはそういうことですわ」
復活したミルは普段の調子で、請け答えるのであった。
「というわけで、店主。
わたくし、ギルドのメンバーを探しているのですけれど、どなたか、良い人を……」
「はーい、はーい、はーい!」
その声は唐突に後ろから、発せられた。
それは、ミルの後方で、山のごとく積み上げられた食器の向こうからだった。
――と。
ズン! と、机を踏み台にし、一人の少女が飛び上がった。
そのまま、空で二転、三転すると、ミルの前にすちゃ、と着地する。
「ちょうど良かった。俺もギルドメンバーを探していたところなんだ。
良かったら、メンバーに入れてくれよ」
「……」
ミルは絶句していた。
「ん? どうした?」
「……俺……女性なのに『俺』……。それにその格好……」
ミルは少女を思わずしげしげと眺めてしまった。
ショートに切った髪、額にはバンダナを巻いている。
耳は人のものと違い獣のソレで、長くしかしへにょりと曲がり、フカフカの毛に覆われていた。
やや幼い顔立ちで、身長もミルよりやや低いぐらいだが、その割りにはプロポーションが良い。
その身体を隠す服装なのだが……上半身は肩から胸部を守る簡単な甲冑と手甲、下半身に至っては 腰に二振りの細長剣が添えられているのを除けば、鉄制のブーツに水着一枚程度で、ほとんどむき出しだった。
「……なんて……なんて、ハレンチですの……」
「そうか? 動きやすくて良いと思うけど? 普通はみんな、こんなぐらいだよ」
そう言われて、ミルは周りを見渡してみる。
なるほど、確かに軽い鎧を着ている者もいれば、鎧を着ていない者もいる。
でも、それは男だし。
「……ですが」
「普通、重たい鎧なんて着ないぜ。転んだら立ち上がれないまま袋叩きにあって終わりだよ。
腕のある奴ほど、鎧なんて着なくなるもんだ。
ま……もっとも」
少女は、グランの方をちらりと見た。
「お前は例外中の例外っぽいけどな」
グランの方も、しげしげと少女を眺め、口を開く。
「なるほど。ハーフオークか」
ハーフオーク。
獣の神スローフィーが放った魔物の中でも、人間と混血が可能な種族がいる。オーク族もその一つで、人間と豚の間のような姿をしているという。
ハーフオークとなると、限りなく人間に近い姿をしているが、耳が豚耳だったりする。
グランはミルを見て言葉を続けた。
「ハーフオークは、パワーと回復力、鼻の良さは高く評価されております。
肉の柔らかさにも定評があり、多少の打撃程度なら吸収することが出来ます」
ただし、と店主は横から付け加えた。
「……食う量が多いのが玉にキズだ。
こいつ、腕は確かだが、あんまり食べるんで、以前のギルドから追い出されたんだ」
「あははは……は。いやまあ、それは……仕方ないさ。うん」
「メシ代、ちゃんと払ってくれよ」
「……あ、いやまあ……それは、新しくギルドが組めたら……」
ミルはそんな様子と呆然と見ていたが……立ち直ったように、ふっ、と髪をかきあげる。
「まったく……わたくしのギルドに入ろうというクセに、名前も名乗らないなんて、どうかされているんじゃございませんこと?」
立ち直ったようで、むしろパワーアップして帰ってきたお嬢様がそこにいた。
いつのまにか『わたくしのギルド』になっているし。
もっとも少女の方は、あまり気にしていなかったのだろう。
ニカっと笑い、手を差し出した。
「あー、そっかそっか。そりゃそうだね。
俺はエパ。エパ・デールだ。よろしく」
エパ・デールと名乗る少女に、しかし、腕組したままミルは疑心の目を向けていた。
「でもあなた、本当に役立つのかしら? 食べる量だけは一流のようですけど?」
一瞬だった。
気が付いたときは、ミルを首を挟むようにエパの二細長剣が突きつけられていた。
見えなかった。
抜剣さえ、分からなかった。
背中にゾワリとした寒気が通りすぎていく。
「どう? 腕も確かだぜ?」
「……脅しているのかしら?」
「違う、違う。ただのデモンストレー……」
その時ミルは、背中で気配が爆発したと感じた。
燃え上がる気は、そのまま間髪いれず、振り下ろされた。
エパに向かって!
それはグランの大斧。
鉄の塊ような斧で一撃された床は、えぐられ、粉々に砕け散る。
速さも威力も段違いのこの攻撃を、しかしエパはかわしていた。
床を突き抜けた斧を抜き出すと、グランはエパに顔を向ける。
「お嬢様に危害を加えようとする行為は許すことは出来ない」
「……っつああ。だからデモンストレーションだって言っただろ?」
「内容はどうあれ、剣をお嬢様に向けた事実は変わらない」
「はは。恐いね。どうも」
冷や汗をかいた言葉と裏腹に、エパは嬉しげ答えた。
と――。
「わはははは! 相変わらず楽しそうじゃねえか! グラン!」
二階から、一際大きな哄笑が響いた。
思わず顔を上げると、男がいた。
背はエパよりもさらに低く、その割には身体は脂肪と筋肉で横に太い。そのため腰につけたナイフが小さく見えた。
禿げ上がった頭は清々しいほど丸く、反面、口元の髭は髪ようにボサボサに伸びており、ニヤリと笑う口からは何本か歯が抜けているのが伺えた。
「こっちは待ちくたびれて、暇で暇でしようがなかったぞ! どうしてくれる!」
音の発生源はそのまま飛び降りる。
クルリと空中で体制を整えると、鳥のごとく綺麗に着地した。
「おう、ちょっと通らせていもらうぞ」
男はエパとグランの間を、悠々と歩く。
刹那。
どん――と音が鳴り、二人の鎧が一斉に外れた。
「っ!」
「うあ!?」
一瞬の出来事に言葉を失っている二人を尻目に、男はカウンターの席、ミルの隣に座った。
手元にある針金を見せつけながら、無邪気ないじめっ子のような顔でニヤリと笑う。
「喧嘩はやめとけよ! 見苦しいぜ」
エパの鎧の下は本当に水着だったようで、ビキニ姿を恥ずかしがってか慌てて拾い上げていた。
グランの方はというと、全身タイツのような姿が晒されてはいたが、無表情のままだった。
何事も無かったかのようにテキパキと鎧を着つつ、男に顔を向ける。
「そうか。オラセフ、それは申し訳なかった」
「わーははは。そう言うな! ワシとお前の仲だ。許してやるさ!」
と、オラセフと呼ばれる男は、改めて豪快に笑った。
店主が先ほど話していた、以前、グランと組み、唯一残った男である。
「今回のギルドも、面白くなりそうじゃねえか!」
そんな中、見た目と似合わぬオラセフの身軽さと早業に、思わずまた絶句するミルの姿が会った。
オラセフはそれに気づくと、ミルの手をブンブン握った。
「よう、アンタがミルだな! 話は聞いてるぜ! ワシもギルドに入るから宜しくな!」
「……あ、え。よ、よろしく……ですわ」
「この街の鍛冶職人オラセフ! 鍵開け、罠解除、刃磨ぎ、何でもござれ!
小手先の器用さが自慢だ!」
哄笑を挙げるオラセフ。
「……あー」
鎧を着たエパが、やや恥ずかしそうに顔をポリポリと掻きつつ、近寄ってくる。
「さっきはごめんな。ちょっと調子に乗りすぎた」
「いえ……そんなことは……あるかもしれないようで、無いですわ」
ミルの言葉に苦笑すると、エパは真正面から向き合った。
彼女の青い瞳をしげしげと眺めると、ふっ、と嬉しげに笑う。
「改めて言うぜ。俺はエパ。エパ・デール。
ハーフオークの剣士さ。よろしく、ギルド長」
「よ、よろしくですわ」
「……これで」
いつの間にか、鎧を着こなしたグランが隣に立っていた。
グランが言葉をつむぐ。
「これで、小ギルドが出来ましたね。ミル様」
これを聞いてミルはポツリと呟いた。
「……大丈夫ですの? このメンバーで……」
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