スーパーロボット大戦赤
スノーマウンテン
第2話
獅堂光は雪山を彷徨っていた。
何故ここにいるのか。どうやって帰るのか。そもそも進んでいる方向は正しいのか。それすらも分からぬまま、吹雪の中で雪を踏む。
雪という天然の宝石は、ダイヤよりも輝きながら数千、数万、数億と激しい舞い踊る。
美しくも冷たい宝石は、光の装飾品としてその数を増していった。
東京に異世界セフィーロが降臨したのは、つい昨日の出来事である。
地球に存在するという3体の『魔神―マシン―』を倒し、地球そのものも滅ぼすことで『ある願い』が叶えられるのだという。
その戦いに巻き込まれる中、獅堂光はクレフと名乗る青年に出会う。
クレフは光が魔神に選ばれたものの一人であると告げる。
戦いが激化する中、光はついに魔神の戦脳(せんのう)を受け、魔神レクサスをその身に纏うことに成功した。
闘争の末、強敵アルシオーネを撃破するものの、光は力尽きてしまう。
それを助けたのがセフィーロの魔法剣士ランティス。
感謝する光に、ランティスは冷たく言い放った。
「所詮……お前も運命に弄ばれただけだ」
光は反論する。「違う……私は選ばれたんだ!」
光の言葉に、ランティスは哀しげな顔をした。
後悔と、悲しみと、嘆きを混ぜた……そんな顔だ。
そして次の瞬間。
光は雪山にいた。
それから光は彷徨っていた。
何故ここにいるのか。どうやって帰るのか。そもそも進んでいる方向は正しいのか。それすらも分からぬまま、吹雪の中で雪を踏む。
「……く!」
光は足のもつれから倒れた。
「……力が……入ら……ない……」
疲労と焦りに加え、吹雪が光の体力を奪ったのだろう。もはや限界である。
立ち上がるにも、指を動かすことさえ困難であった。
「何だか…………眠い……」
あざ笑うわけでもなく、ただ冷たく無機質に、数億もの宝石は光の身を大地から覆い隠していった。
「う……ううん?」
光は室内の暖かさと、ランプの光で目を覚ました。
いや、室内というには語弊があった。
そこは、四方が雪に閉ざされていたのだ。
足場も雪であるが、シートがしかれており、光はその上で毛布に包まっていた。
「ここはー……?」
「あ、気が付いたようですぅ」
光におっとりとした女性の声が入り込み、慌てて身を起した。
ヤカンを乗せている携帯用コンロを中心に3人の男女が座っていた。
「大丈夫か?」
この中で一番年上の男性が、ヤカンから……どうやらインスタントのコーヒーを沸かしていたのだろう……黒い液体をコップに注ぎ、光へ手渡した。
顔の皺は深く、やや寂しい頭髪ではあったが、鍛えられただろう身体は太く、目は鋭い。
それもそもはず、彼が着ていたのはジオン軍のパイロットスーツ……つまり生粋の軍人であった。
「あ……ありがとうございます」
「でも、気が付いて良かったですぅ」
感謝を述べてコーヒーを受け取ると、のほほんとしたメガネをかけた女性が声をかけた。
20代前半ほどで、髪はポニーテールに結い、ショートパンツから伸びた脚は滑らかで、腹部をむき出しにしたTシャツは胸の造詣の美しさを醸し出している。
顔も素直に綺麗であると言えるが、『良いところのお嬢さん』といったふうで、無邪気でのんびりとした表情と口調がアンバランスであった。
そのため、美女なのか美少女なのか、何とも言いがたい不思議な雰囲気を漂わせ、それがまた一つの魅力となっていた。
「まったく……なんだって、あんなところにいたんだよ!」
最後に、メガネをかけた少年が問い詰めるように声を発する。
年の頃ならば光よりもやや上で、非常に不機嫌そうな表情を浮かべている。
肉体面で言うならば、前述の二人に比べると、どこか貧弱そうな雰囲気を感じられずにはいられなかった。
反面、防寒具、防寒靴、手袋といった装備から、この場に一番相応しい人物ともいえる。
「その……分からないんだ」
「分からないだって!?」
厳しい問いかけに光は言葉を濁した。
指を編みながら、視線を下に向ける。声が自然と小さくなっていた。
「本当に……分からないんだ……。
確かに私は東京にいたんだ。
でも、気が付いたら、雪山にいたんて……それで……」
消え入りそうな声に、少年もそれ以上言及することが出来ず、口を閉ざす。
辺りに重い沈黙が流れかけた。
その時……コップをすする音が聞こえた。
ジオン軍の中年男性が、コーヒーを飲んでいた。
口に軽く黒色の液体を含むと、飲み干す。
「私は」
カップを唇から離すと、視線を光へと向けた。
笑みなど浮かべぬ無骨な表情であったが、その瞳は優しく柔らかい。
「私はジオン軍ラサ方面軍前線基地所属、ノリス・パッカートだ」
ゆっくりと、だが一息で言い終えると、再びコーヒーを一口だけ飲む。
男性……ノリス・パッカートは今度は顔ごと光の方へ向く。
口元は不器用ながら微笑みを浮かべている。
「名前は?」
「え……あ、わ、私は……私は獅堂光。日本の学生です」
いきなり問われたためか、慌ててしまい、思わず丁寧口調で答える光。
すると、今度はメガネの女性と目があった。
「私は連邦軍情報部所属のフィオリーナ・ジェルミですぅ。
フィオと呼んで下さいね」
女性……フィオは優しく無邪気な微笑みを湛えていた。
光よりも年上だと思われるが、落ち着いた……というよりもおっとりとした様子からか、光よりも幼くを感じさせる。
最後に残った少年は、左右を見回す。
自分だけが名乗らないことにばつの悪さを感じたのか、不機嫌そうに口を開く。
「僕はゲイナー。
ゲイナー・サンガ。
…………エクソダスをしているユニットの住人だ」
「エクソダス?」
少年……ゲイナー・サンガの説明によれば、エクソダスとは『ドームポリスを脱出して、温暖な地域に逃がれようとする行為』ということらしい。
ドームポリスとは、極寒の地に立てられたドーム状の居住都市である。
ネットなどはあるものの、厳しい自然環境のため外界と接触する手段が一切なく、唯一、シベリア鉄道と呼ばれる鉄道公社によって補給物資が運ばれる。
見返りとして、シベリア鉄道はドームポリスの住民から税金を徴収するのだ。
つまり、ドームポリスの住人はシベリア鉄道がなければ、病院で治療を受けるどころか、食事さえも出来なくなるのである。
ドームでの生活から脱出し、温暖な地域まで移動し、自分達の力で生き様とする思想が『エクソダス』である。
そして、エクソダスは非常に困難な旅となる。
シベリア鉄道の保護がないため物資は蓄えたものしかなく、何より鉄道公社がエクソダスの住民をドームポリスへと連れ戻そうとするためだ。
そんなエクソダスをしているユニットの住人の一人であるゲイナーだが、どうも彼は元々エクソダスに反対だったらしい。
「ところで……」
光が口を開いた。
「私を助けてくれたのは、貴方たちですか?」
「いや……」
答えたのはノリスだ。
「君を助けたのは、ゲイナー・サンガだ。
私やフィオリーナは偶然、ここに集まった」
話をまとめると、こういうことらしい。
とある事情により、キングゲイナーと呼ばれるマシンで雪山を探索していたゲイナーは、倒れていた光を発見した。
ゲイナーはキングゲイナーのコクピットで光を休ませようとした。
だが、内部は思いのほか狭く、少女一人を横たわらせるには十分なスペースが確保出来なかったのだ。
そこで、ゲイナーはビバーク(緊急露営)をすることにした。
余談だが、ビバーク(緊急露営)の理想設置条件は『岩陰などで風当たりがない』『横になれる程度以上のスぺ−スがある』『転・滑落の危険がない』『落石の危険がない』『ヘリコプターから見えやすい』などが上げられる。
だが……そういう状態が選べられないからこそ『緊急』露営である。
今回の場合、ゲイナーは吹雪で入り口が塞がらないように、チェーンソーガンで山の側面に斜めの穴を開けた。
そこへシートを敷き、コンロで暖をとりつつ、光に毛布を包ませる。
しばらくすると、戦車のような人型ロボットが訪れる。
フィオと、彼女が乗るスラグガンナーである。
どうやら、この雪には『ミノフスキー粒子』と呼ばれる通信機能を停止させる粒子が含まれているようで、スラグガンナーでは連絡が取れなかったのだ、という。
雪山をさ迷っていたフィオは、偶然にもこのビバークを発見し、吹雪の止むまで滞在することにした。
さらにしばらくすると、ジオン軍のMSが訪れた。
ノリスと、彼の愛機グフ・カスタムである。
ノリスはある人を探すため、この雪山に入ったのだという。
ビバークを発見したノリスは、彼の探し人がいるのではないかと訪れたのである。
残念ながら目的の人物は見つからず、むしろ敵である連邦兵……つまりフィオ……と鉢合わせてしまうこととなる。
だが、こんなところで争っても意味がない、とゲイナーが主張し、それにフィオが同意した。ノリスも二人の意を汲んで銃を収める。
ノリスは直ぐに出発しようとしたが、吹雪きのさらなる悪化により足止めを余儀なくされたのである。
そう話し終えたその時。
「!!」
フィオとノリスが、同時に銃を引き抜いた。
二人は共に入り口に注意深く視線を
光が驚きの声を上げる隙を与えず、フィオが注意を促した。
「何か……来るみたいですぅ」
「何か来る?」
光が思わず、そう呟いた瞬間。
光たちの真上で盛大に『大きな何かが落ちる』音が響いた。
ゲイナーが腰を浮かし、光も思わず立ち上がった。
『何か』はゴロゴロと転がりながら、入り口付近へと移動し……。
やがて音はペトン……ペトン……という奇妙な足音へと変化する。
4人の視線がビバークの入り口に集中する。
ペトン……ペトン……。
音は段々と近づき……やがて、それは姿を表す。
人間を越す巨体。
ペトン……ペトン……。
青く寸胴な身体。
ペトン……ペトン……。
異様に細い手足。
ペトン……。
「やあ、遭難者を発見しちゃったビー」
それは、手足の生えた巨大なボール玉であった。
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