Summer in Gaia〜ヤツらの夏〜


「申し分ない。完璧だ」
大統領補佐官キルマー・バレンタインは資料を見て満足げに言った。


新都庁舎ゴライアス・ガーデン最上階の一室に3人の男がいた。
入手した資料を鞄に丁寧にしまうキルマー。
「すばらしい働きだったぞ。これはお前の手柄だ」
先ほどから、壁に背をもたれ立っていた男に労いの言葉をかける。
「‥‥‥。」
灰色のジャケット姿の、筋骨たくましい体躯。
さっぱりとした角刈りの頭にサングラスをかけた日系人の、男。
その表情には、キルマーの賛美の言葉に気を良くした様子は全くなかった。
普段は明るく振舞っているその男も、今回ばかりは気が重かった。

「俺じゃあない」
ICPO捜査官、長崎重臣(ながさき・しげおみ)は憮然として言った。

「これは、あんたの業(ごう)だ。俺はあんたの言った事に従っただけだ」
長崎は窓際に立つ、3人目の男に言った。
窓から斜めに差し込む日の光が、その巨躯を彩る。

「‥‥‥。」
ガイア共和国大統領、ゴライアス・ゴードンは無言のまま長崎を見返した。

「フツー実行に移すか?」
長崎は苦々しげに言った。
「あんたがやろうとしてる事は‥‥‥」
苦々しげに。それは、今から自分達がやろうとしてる事のあまりの重大さに
尻込みしているかのようにも見えた。
しかし長崎はもう、諦めていた。
もう事は自分の手から離れてしまったのだ。
ICPOの立場を利用して極秘裏に入手した資料を彼らに渡した瞬間から。

ゴードンは口を開いた。
「ジョウシャヒッスイという言葉を知っているか、ナガサキ?」
長崎は思わず苦笑いした。
「盛者必衰‥‥‥ハハ、そんな日本の言葉よく知ってたな。
 それで、あの国にとって替わろうというのかな、大統領?」
「それは誤解だ」
ゴードンは静かに言った。
「これは、保身だ」
「保身‥‥だと?」
キルマーが話に割って入った。
「最近とみに閣下に対していらぬチョッカイを出してきているのが他でもない、
 あの国だ。先の"爬虫類"襲撃の件は聞いておろう?」
「ああ‥‥‥"レプタイル"」
長崎はキルマーから真相は聞いていた。


『保身』だと?
裏世界最高峰の始末屋を体一つで退けた男が何を恐れる?
よくもぬけぬけと‥‥‥。


ゴードンは再び口を開いた。
「何にせよこうして手を打たねば、私たちはやられてしまう。
 それに加えて今のあの件‥‥‥」
「ああ、"ミッシング・ウエポン"‥‥‥」
「奴らが"落し物"を着服するのをただ黙って
 見てるわけにもいくまい。自作自演など今時はやらんよ。
 先代の行為を真似していればうまくいっていた時代はとうに終わった事を
 教えてやればいい。これで奴らも少しは懲りるだろう。
 ‥‥‥ナガサキ、」
ゴードンに見入られた長崎は動けなかった。
サングラスがなかったらその目に怯えがあった事を悟られ、否、
もうきっと悟られているだろう。長崎はゴードンを見返す事ができなかった。
「ナガサキ、君には本当に感謝している。これからも良き友人でいたいものだ」
ゴードンの手が、長崎の肩にポン、と置かれる。
「!‥‥‥」

かつてこの手に、自分は半死の目に会わされた。
ゴードンの裏の顔を暴く為、ICPO捜査官としてガイアに潜入した自分。
やがてゴードンと直接対決するに至った。
結果は惨敗。
敏腕捜査官として鳴らした自分が手も足も出なかった。
殺されると思ったその時、ゴードンは自分を『使える』人間と判断した。
死ぬ覚悟を決めたはずだったのに、自分はゴードンの僕となり生きる道を選んだ。
しかしそれが間違っていたかどうか、彼は今もわからなかった。
ゴードンと繋がってから改めて彼の手腕を目の当たりにし、今まで自分が信じていた
正義がどれだけ脆いものであったかを嫌というほど思い知らされたからだった。

「力なき正義は、無力」長崎はそう考えるようになった。


ゴードンは2人を見た。
「行け。ステイツの大統領を引きずりおろして来い」

2人は部屋を出た。
「キルマー‥‥‥」
長崎は力無くつぶやいた。
「キルマー、俺は負け犬か?」
「‥‥‥悩むな。迷うな。お前はもう"我らの側"の人間だ。
 我らが出会ったのは『運命』だったのだ‥‥‥」
同士である老人の言葉に、しかし長崎は納得できなかった。
「あんたに俺の何がわかる‥‥‥」
「‥‥‥。」
キルマーはそれ以上なにも言わなかった。
長崎は、キルマーが自分とほとんど同じ理由でゴードンの傘下に加わった事を知らない。

1人、部屋に残ったゴードン。
「‥‥‥。」
午前11時。昼にさしかかろうとしたところだった。


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