弓侍と狐
終の巻
| 御伽話 御伽話 過去も未来も そして今をも 御伽話 御伽話 「崇徳院・・?す、崇徳上皇か!」 「さすがに与一殿、名の高き武者よ。拙者の事も知っておいでか。」 「知っているも何も・・・」 与一は、たんこぶをさすりながら頭を上げた。 「私が保元で戦った相手だ。」 保元の乱。この戦いは、今の朝廷の政治に反発する物たち、 とくに崇徳上皇を筆頭とした連中が、白河法皇に対して、 反乱を起こしたものである。 与一は、源氏方に加わり、崇徳の軍勢と戦い、そして、勝った。 崇徳院は島流しとなり、讃岐の地へ流された。 「ほう・・・・その崇徳院が何故、妖術使いなどをやっておるのかえ?」 玉藻は、力をかなり消耗していた。 にたにた笑っていたが、全身からもう余裕は感じられなかった。 「朝廷に恨みを晴らすため、天狗法を学び、陰陽師として密かに、 都へ舞い戻ったのだ。そこで、さらなる反撃の資金調達のため、 かようなあこぎな商売をしておった。」 崇徳院は、陰陽道を学び、この世の鬼になろうと試み、都に来た。 だが、そこで与一とであった讃岐、いや、崇徳院は、 驚くべきものを眼にした。 自分は、この世に鬼になれる人間などいないと、天狗法で学んだ。 ところが、彼は前世の因縁と言えど、 まるで鬼のようになり、全てを巻き込んでいった。 あの鬼神のような行動力と、力は、自分がまねできる物ではない。 それこそ、死霊にでもならなければならないだろう。 だから、崇徳はこれ以上与一が鬼と化することを望まなかった。 どうしても、与一という人間が、鬼にするには惜しかったのだ。 「ふふふふっ、なるほど、だいたいわかった。 それで、汝はわらわをどうする気なのか?」 崇徳は、その右手に五星を描いた。 「与一殿に代わり、貴様を封ずる。」 玉藻は両眼を細めた。 「殺さぬのか・・?」 「それは与一殿に聞け。」 二人は、与一の青白くなった顔と、眼を見た。 与一は、にかっと笑い、 「貴様に、いい事を教えてやろう、玉藻。 貴様、かつて私たちにこういったな、はばたく気はないのかと、 言ったな?」 それは、与一が△△であった頃の話だった。 ●●と一緒に会話をしていたとき、珍しくこの女が外に出てきて言った、 たしかに言った。 「私がお前の事を夢に見たころ、もう一つ見た夢があった。 純粋な、心と、心のぶつかりあい・・・ それは、まるで、心がはばたこうとふんばっているようだった。 私にはどうにもそれが頭から離れん。 ひょっとしたら、どこか異国でこれから行われる事実化もしれん。」 与一は、自らが被っていた兜を取った。 「どうだ!これをきいただけで、貴様はもう死にたくあるまい。 それを見たいだろう。お前の望みを砕いてやっただけで、 私は充分だ。」 突如、玉藻が笑い出した。 やや自嘲気味の、なんとも綺麗な笑い声であった。 崇徳は、それを美しいとも思った。 「ふっふっふ・・・!汝らはわらわをどうしても死なせたくないのか・・ ふふ!そうか・・・」 ふたたび、与一は玉藻の後ろにあの赤黒い気を見た。 それは、まるで火柱のように立ち上がり、風のようにゆらゆら揺れた。 「ならば・・武士、陰陽師、汝らを永久にわらわは・・・」 玉藻の目つきが異様に鋭くなった 「恨む。」 光の柱が、地獄谷にあがった。 崇徳は、とりあえず、玉藻を閉じ込めた岩に、名を彫りこんだ。 殺生石・・・・・だ。 とりあえずは、これでいい。自分も与一も一段落ついた。 鳥羽上皇への弁解が面倒くさいが。 「讃岐殿・・・」 与一は、笑っていた。 大空のように澄み切った笑顔で、笑っていた。 血止めが効いて、体中の包帯に染みていた血が、ようやく止まった。 「じつはな、私はあいつと戦っているとき、楽しかった!」 「は?」 崇徳は、首をかしげた。 「恨みつらみなどどうでも良くてな、あいつの戦いの駆け引きを、 楽しんでいた!」 「・・・・・そうか。」 では、あの殺気はなんのものだったのか、と、崇徳は思う。 きっと、あれは△△の物だったのだ。 数千年の恨みにとりつかれた、哀れな男の殺気。 それがあれだったのだ。と、いうことは・・・・・・ 「与一殿は、鬼に勝っていたのか。」 なんにせよ、すごい男だと、相模にふらふらとまたがる 与一を見て、讃岐は思った。 その後の時代。 与一は、鳥羽屋敷でのお咎めは、妖怪を討った恩賞で消された。 源氏武者となり、那須野での功績で那須与一となった彼は、 武将とまで出世し、壇ノ浦でかの有名な扇落としをやってのけた。 だが、彼が八幡、菩薩、氏神のほかに、 玉藻、と、静かに呟いて的を射った事は、だれも知らない。 讃岐は、死した後、天狗法の力で白峰の大魔王となった。 彼はまさしく鬼と化し、この世に戦乱を巻き起こし、 最後の記録は昭和にある。彼は今だ魔王として、この国に健在している。 玉藻は、というと、復活しようものならすぐできたらしい。 だが、与一の教えたモノが見たくなり、しばらく休んでいたそうだ。 やがて、彼女はそれに導かれ、そのモノの場所に現れるだろう。 それにしても、一つだけ腑に落ちぬ事がある。 与一も、玉藻も、二人とも、じつは再戦を望んでいたと言う事だ。 結局、それが与一も彼女の愛の対象だったという事かは知らないが、 過去の事に囚われた△△が消えない限り、それは有り得ないと思われる。 要は、皆、人生を精一杯楽しんで生きたか生きれなかったかの差で、 △△と、与一の間に違いができたのだと思う。 まあ、それも、遠き、遠き、過去のお話・・ どうにも、私にゃわかりかねますなあ! 御伽話 御伽話 生きるか死ぬか 楽しんでいるかいないか 愛するのか 愛されるのかすらも 御伽話 御伽話 |
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