弓侍と狐

六の巻


旅のころもは 五月雨の
旅のころもは 五月雨の
安達原に たどりつく


まだ、矢は射掛けない。無駄玉を打って、状況を危うくしたくない。
とにかく、血染めの矢は切り札に取っといて、それまでは、この二本と、
刀で何とかしよう。
「・・・・そこだ!」
斬りかかる、だが、かわされる。前と同じだ。
だが、人間も馬鹿ではない。石を拾って投げつけるだけが能の、
猿じゃない。
あの頃に比べれば、かなり武器はいいものになった。
「せいっ!」
隠していた鎌を投げつける。とんだ鎌は、むちゃくちゃな軌道で飛ぶ。
だが、火の玉にさえぎられ、溶けてしまった。
正面から、火の玉が飛んでくる。それと、なにかが九個。飛んでくる。
尻尾だ!
火の玉をなんとかかわして、尻尾を刀で受ける。
刀が震えた。なんという強度であろうか。
こんなものに貫かれれば死んでしまう。
尻尾を払いのけて、はじめて、弓を放つ。
てごたえなし。
「糞!」
弓をしまって、身をかがめる。幻の草に身を隠す。
この原っぱは、あの物語のようだ、と、与一は思う。
安達原の鬼婆の物語だ。
広大な草原に、家が一軒構えてある。そこには、不幸な境遇により、
人喰いに成り下がった老婆が、したなめずりして、獲物を待つと言う。
さて、鬼婆は自分か、それとも狐か・・・
「わらわが鬼婆とは失礼じゃ。」
いつのまにか、背後に回られていた。
「ちっ!」舌打ちする。
「―変生せよ−」
思い出した。
大きめの光の弾が与一に向かってくる、それをなんとかよけて、
矢を射掛ける。うけとめられた。
「それは覚えていたぞ。帝の近衛兵をそれで数十人、兎に変えたろう。」
「ほほ、そうだったか。忘れたわ。」
とても愉快そうに玉藻は笑った。
ゆったりと構えていて、奴にはまだ余裕が感じられる。対する与一は、
息も絶え絶え。
与一は、突然駆け出した。
「今さら逃げるのかえ?」
やはり、余裕を持ってゆっくりと、玉藻がおってきた。

「見つけたか、相模!」
「がああああ!」
讃岐は、かなり焦っていた。
与一を探して、こんな山奥まで入ってきて、きょうで二日目。
もう、そろそろ見つけたかった。
相模に飛び乗り、讃岐は空へ舞い上がった。眼下に、広大な森林が、
広がっている。そのやや東に、谷が見えた。
そこから、強烈な霊気や妖気が漂っていた。そして、なにより、
あの、殺気がそこから上ってきている事が、与一がいる何よりの証拠だ。
「参るぞ、相模。」
「があ!」
急降下で、谷に近寄った。まるで熱気のような、体に絡みつく、
いやあな陰の気が、そこから来ていた。
思わず、讃岐も咳き込んだ。
そして、谷に下りたった途端、一瞬にして風景が変わった。
やたら広い草原が生まれた。
「げ、幻術か!」
だが、このような、谷一つに張り巡らせるような術は、
人間には使えない。と、いうことは、
「間違いない、ここに来ておるな!」
相模を式にもどして、讃岐は前へ進んでいった。
ここは、与一が降りた反対方向。そこからはるか西では、
いまだに激戦が続いていた。

「はあっ!」
尻尾や火の玉が、与一めがけて飛んでくる。
尻尾が一つ、与一の頬をかすめた。血が吹き出た。
走りに走って、与一はようやく、目的地にたどり着いた。
走りながら、急に伏せる。
「お?」
与一の影が見えなくなった。
「フフ・・やれ嬉や。こうまで面白い決闘は何百年ぶりかのう。」
あいも変わらず、玉藻は余裕であった。
絶対的に有利な玉藻にとって、もはや、与一は穴に追い詰められた、
狸であった。
不意に、がさりと草ずれの音がした。
玉藻が、すぐさまそこに尾を放った。
尾に当たって、出てきた物がぐらりと、揺れて、倒れた。
血がとくとくとふきだすそれは、与一が乗ってきた、馬の屍であった。
その背後にいた与一は、馬をけり飛ばし、すぐさま、矢を放った。
最後の隠し玉だ。
突然の奇襲に、少々、油断していた玉藻は少し焦った。
だが、すぐさま矢を受け止めた。
それでも、与一の恨みや憎しみ、邪悪な血液、そして札をも貼られた、
呪矢を食い止めるのには力が足らず、矢は、玉藻の眼前で止まり、
なおも進もうとしていた。
そこまでを確認した与一は、馬を踏み台にして飛び上がり、刀を抜き、
玉藻に斬りかかった。
だが、それをも玉藻は受け止めた。しかし、払いのけられない。
二つの力を一手に抑え、玉藻は少し歯軋りした。
幻術が晴れ、その場は与一が始めに降り立った場に変わった。
駆けたのは、玉藻をここにつれてくる為、そしてこの戦法を使うため。
「ふふふっ・・・・汝も案外やりおるのお。」
玉藻が二つの力を懸命に抑えながら言った。
「ああ、あの時よりはやるようになった。
 私は、今、武士・・・・・・・・戦う者なのだ。」
刀にぐぐっと力をいれる。
「ふふふふふっ!武士!武士か・・・覚えておくぞえ。
 そして・・・・・・・・・・」
玉藻の体から、赤黒い光が一瞬漏れた。
「未来永劫うらんでくれよう・・」
「いっこうにかまわぬ!これで終わりにしてくれる!」
与一は刀を振り上げた。その時、与一の後頭部に、石が飛んできた。
あまりにもいきなりのことに、与一は、その場に倒れこんだ。
その途端、ふっと、矢から力が抜けて、地面に落ちた。
「誰そ?」
玉藻がふりかえって尋ねた。
「讃岐院である。」
そこには、讃岐がいた。その背中に、漆黒の翼が生えていた。
「いつかは崇徳院として名を広めようと思う男よ・・」


旅のしまいに 五月雨を
旅のしまいに 五月雨を
切り抜け 抜け出す 安達原


 


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