REPTILE2


 ガイア共和国に奇妙な塔が立っている。レフトタワー、ライトタワー、そして中央のセントラルタワーから成るその巨大な建造物は、天を貫くばかりの高さまで聳え立ち、人足の及ばぬ上空から太平洋と繁栄の国家ガイア共和国を見下ろしていた。
 奇妙、というのは外見ではない。その由来である。元々、少ない資源と低質の自然環境しか持たなかったガイア共和国がここ数年でアメリカや日本と並ぶ超大国へ成長を遂げたこと自体、常軌を逸した一大「事件」ではあった。その繁栄を世界へ誇示するように急遽建設されたこの超高層建造物は高さ、設備ともに世界的に著名な高層ビルと肩を並べ、新都庁舎としてのそのシステムを果たしている。名を、「ゴライアス・ガーデン」という。
 一国の偉人が生きながらにして、その名前を公共の建造物にあてる例は希有である。名称に個人の名前をあてること自体は少なくない。例えばフランスのシャルル・ド・ゴール空港や同じく空港でいえばイタリアのダ・ヴィンチ空港などがそうであるし、近年では英国のジョン・レノン空港などが予定されている。だが、そのどれもが共通して、偉人の死後に改称されたものである。それが必然であった。その理由は明確である。個人の業績とはその没後、残された民が称えるものだからだ。人は死んで、偉人となる。生きながらにして「偉人」となった例は、歴史上きわめて希である。
 しかして、この「ゴライアス・ガーデン」。ゴードン大統領存命の間に建造され、命名されるにいたった新都庁舎。ゴードンはガイア共和国民にとって、生ける偉人であった。


 そのセントラルタワー中層に、ゴードンは立っていた。ガラス張りの窓からガイア共和国臨海都市を一望している。人、船、車、ジェット機、全てがゴードンの足下を動いていた。今や彼の手中にないものはなにもない。
 ――だが、
 ゴードンの胸中は常に空腹感に餓えていた。登りつめるたびに現れる「階段」が彼の欲求を膨張させる。登っても登っても現れる「階段」。いつしかゴードンは羽ばたくことを夢見はじめた。最高の高さ。誰も追いつけない、誰もたどり着けない、最高の高さ。そしてそれを可能にする、力。強大な力を欲していた。

 「閣下」
 ゴードンの背後で声がした。
 大統領補佐官のキルマーがそこに立っていた。ゴードンの最も信頼する人間として長く大統領を支えているこの男には、大統領同様にいくつかの良からぬ噂が存在するが、ここでは触れない。キルマーは数枚の資料を取り出し、ゴードンへ手渡した。
 「今朝、CIAの諜報員が入国いたしました」
 キルマーは落ち着いた声でいう。その資料を読み上げるゴードンもまた、落ち着いていた。自分が「昇る」ためにしていることは分かっている。それに対する疑念の持ち主の存在も何らおかしなことではない。
 「古いタイプの偽造パスポートですな。合衆国のデータベースに潜入しましたところ、一人の老人がヒットしました。私もよく知る男でございます」
 ゴードンは頷き、ざっと目を通して資料を返した。
 「仕事のできる男か?」
 大統領の質問に、キルマーは少し間を置き、慇懃に答える。
 「40年前のダラス、といえばお分かりいただけるかと」
 「ホウ」
 ゴードンは息をつき、キルマーに背を向けると、再び眼下の都市を見渡した。
 「気をつけなくてはな」
 そうは言うものの、その目は何の恐れも感じさせない。大統領としての威厳が全身にあふれ出ているようであった。自信に満ちた表情を浮かべながら、都市の活動を見守る。キルマーは、まだ立ち去らなかった。
 「閣下。これに関し、気になる点が1つございまして」
 キルマーは懐から一枚の紙切れを取り出す。その紙にはやはりパスポートとその持ち主の顔写真が添えられていた。青い目、肩まで伸びた髪、なによりもその顔から発せられる不気味な冷たさ。
 ゴードンは資料を受け取ると、写真の顔を訝しい表情で見つめた。偽造パスポートであることは一目でわかった。
 「この男がどうかしたか?」
 「気になるのでございます」
 「気になるのであれば調べればよい」
 「調べました」
 「どうだったのだ」
 キルマーはまだ平静を保っていた。
 「存在しないのでございます。このような男、世界中のどこにも存在しないので」
 「ホウ」
 ゴードンはもまた、落ち着いていた。



 「待たせたな」
 アメリカ。シカゴの酒場に黒のトレンチコートを着た男性がやって来た。背後には2mを超える長身の黒人がやはり黒い服装で立っている。その風貌と独特の存在感が二人が何か黒い仕事に手を染めていることが認められた。
 堂々たる黒い影を背負った二人の男の到着を、情報屋ジョージ・ドースンは手を振って陽気に出迎える。
 「ようこそ、テッドさん。約束の料金はお忘れじゃないですよね?」
 ドースンは白い歯を見せて笑った。


 


第4話に進む
第2話に戻る
図書館に戻る