REPTILE2


 酒場に入ってきた二人の男は他の客達には目もくれず、真っ直ぐにドースンの席へと近づいてきた。白人の男は深みのあるアイルランド系の顔立ちをしているが、身長はアジア人並に低かった。帽子を脱ぐと、白髪まじり縮れ毛がドースンの注意を惹いた。目は顔の皺に今にも覆われてしまいそうだたが、輝きを失ってはいなかった。青色の瞳でじっとドースンを見据えている。若干太ってみえるその風貌は、ドースンに熊を思わせた。人が足を踏み入れないような深い森をのそのそと歩き、一見すると大人しそうに見えるが、一度怒らせると否応なく獲物に食らいつく。そういう灰色熊(グリズリー)をドースンに思わせた。
 その熊の背後にいる、2mを超える黒人はサイボーグのようであった。サングラスが両眼を隠していることもあってか、表情が読めない。ただじっと熊の前に立っている。見たところ、この熊のボディガードらしかった。いまドースンが気でも違って銃でも抜けば、間違いなくこのサイボーグはドースンの首もと目がけて飛びかかってくることだろう。

 「まずは、お金」
 ドースンはテーブルを指でトントン叩き、男に取引額の支払いを催促した。
 「そう急くな、ジョージ。ちゃんと持ってきている」
 男、テッドはボディガードの男からアタッシュケースを受け取ると、テーブルの上に置いた。重みのあるケースが木製のテーブルを揺るがした。ドースンは嬉々としてケースを自分の元へ寄せた。周りの客に妙な感情を起こさせないように、わずかな隙間だけ開けて自分の目だけで中身を確認する。ドースンは再び顔を上げ、少年のように笑った。
 「テッドさん、儲かってるようですね」
 テッドは椅子に背をもたれ、ドースンの言葉を満足そうな表情で受け止めた。タバコを取り出し、火を点けて笑う。
 「酒の密輸がうまくいっててな」
 テッドは声を低くすることなく、いつもの調子で言った。
 「マッケランのジジイが逝ってからというもの、なにもかもがうまくいってる」

 テッド・バダルコはシカゴをその領分とするギャングのボスである。80年代から密輸を主として活躍してきたが、その名がアメリカの裏社会に知れ渡るようになったのは最近のことである。自分が下っ端の頃から面倒見てきた(と本人が誇らしげに語っていた)ダグレイ・マッケランが何者かに暗殺された。暗殺、という言葉は適当ではない。その目もあてられぬ酷い死に様は「暗殺」が当てはまるほど上品なものではなかった。
 テッド・バダルコはツイている。自分を上から抑えつけていた悪神の如き存在が消えると、本来の強さを取り戻したかのように次々と事業が成功を収め始めた。もちろんどれもが黒い影を背負った、公に出来ない仕事ばかりではあったが、この成功に次ぐ成功によって、いつしかテッド・バダルコはシカゴ裏社会のトップにまで登り詰めていた。
 
 「高ェところに行きてェんだ」
 テッドは口癖のように子分たちに語っていた。
 「シカゴで終わるようなタマじゃねえんだ。俺は」
 いつしか彼は伝説のマフィア、ドン・コルレオーネの幻影を追うようになっていた。

 ドースンは金を受け取ると、懐から一枚のフロッピーディスクを取り出した。ディスク自体は市販のそれではあったが、薄いディスクの上に後付式の複雑な装置が施されていた。
 「起動してみりゃ分かる。パスワードは、いつもので」
 テッドは受け取ると、すぐに懐の中にしまい込んだ。
 「他に誰に売った?」
 「CIAに。あなたの2倍の値段で売れましたよ」
 ドースンが笑い、テッドは口元を歪めただけに止まる。
 「お前という男には呆れるぜ。一体てめェはどっちの側の人間なんだ?」
 「俺は情報を売買するだけ。これを利用するのはあんたらの仕事ですよ」
 テッドは閉口し、ドースンの表情を見た。子供のように客をなめちゃいるが、仕事に対する心意気に関しては見間違うことのない、プロの目をしていた。
 「そのディスクで世界がどう変わろうと、俺には関係ないですから」
 「言うじゃないか、ジョージ」
 テッドはディスクを再び取り出して見つめた。数々の修羅場を潜り抜け、ドースンの元へ渡ったという、情報。その影響力は一大国をも揺るがしかねないという。
 「間違いないんだろうな?もし使えねェ情報だったら」
 「おれは消される」
 ドースンの飄々とした口振りに、テッドは笑みを浮かべて煙を吹き出す。曇った不快な風がドースンの鼻孔を刺激した。
 「上等だ。頼りにしてるぜ」
 テッドはタバコを床に投げ捨てると、立ち上がってドースンに背を向けた。ボディガードは常にテッドの背にいるよう指示されているのか、主人の動きに合わせて機敏に移動した。表情は依然として掴めない。

 外の風は涼しかった。
 テッドは子分の運転する車に乗り込み、行き先を告げた。まずは、買い取った情報の確認。これにCIAから買った情報と照らし合わせる。すると驚け、成り上がりテッド・ショーの始まりだ。高く、高く、登り詰める。
 「大統領を恐喝できる機会なんて、そうはねえぜ」
 車は夜のシカゴを走り抜けた。


 


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