REPTILE2
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| ゴライアス・ガーデン最上階の一室に、二人の男が対峙していた。大理石のテーブルを挟んで、お互いソファに深く腰を下ろしている。一方は長身の男であった。美しいブロンドの髪と着こなされたダークスーツがどことなくこの男の気品を漂わせていた。いや、気品以外の何かを感じさせる感さえあった。人を惹きつける強大な“魅力”――かつてのヨーロッパの独裁者たちが持ち得たような亜種のオーラがこの長身の男を包んでいるようだった。男は剃刀のように鋭い目で向かい側の男を見据えている。その眼光がまた先のイメージを一層強いものにするのだった。対する向かい側の男は、同じ白人ではあるものの身長は極端に低かった。干ばつした荒地のような頭上には皺が縦横に走っている。整っていない白髪の縮れ毛がかえってその頭部を哀れな姿に晒す結果となっている。だが、眼はやはり鋭かった。それこそ目の前の男とさほど変わらない輝きをもっている。長身の眼が鋭さを帯びているとすれば、彼の場合は大胆さを兼ねていた。青々とした瞳が相手の気迫を覆うようにして向けられている。彼は笑っていた。 ゴライアス・ゴードンとテッド・バダルコは、無言のまま座っていた。 テッドの背後にはボディガードと思しき黒人が一人立っていたが、ゴードンはたった一人だった。両手を組んだまま、ただじっとテッドの顔を見ている。テッドは余裕を感じさせる表情で葉巻を吹かしてはにやにや笑むのだった。 「遅くなりました」 外界に通じるたった一つのドアが開いた。外から片眼鏡をかけた老人が資料片手に入ってくる。老人はテッドに深々と頭を下げ、遅刻を詫びた。 「あなたが、タイラー貿易社のミスター…」 「偽名だそうだ、キルマー」 ゴードンが口を挟んだ。テッドは相変わらずにやにや笑いを浮かべている。 「彼は貿易商ではない。先ほど、ご本人の口から伺った」 「左様で」 本来ならば国際問題に発展しかねない新事実も、この国のトップ両名は意に介することなく簡単に扱った。テッドもまた同様だった。まるでこの結果を予想していたようだった。 「すまんな爺さん、こうでも名乗らなきゃ会ってくれないだろうと思ってね」 キルマーは再び一礼し、ゴードンの隣に腰掛けた。 「それで、本当のお名前は一体?」 「知ってんだろうが」 キルマーの質問をテッドは煙を吐きつつ退けた。 「調べ尽くしてんだろうが。おれたちの素性なんてよ」 「おっしゃる意味がよく分かりませんが」 煙の輪がキルマーに浴びせられ、老人は思わず咳き込む。 「お前らの国のやってることは知ってんだぜ、キルマー・バレンタイン」 テッドの声量が高まる。 「裏であくどいことやってんだって?」 その言葉を合図に、背後の黒人が数枚の資料をテッドに手渡した。資料は数十枚にわたり、ガイア共和国の決して表沙汰にできぬ事柄が細部に渡り記されていた。小国からの経済搾取、諜報活動を含めた破壊工作、その他のどれもが民主国家としてあってはならない内容のものばかりだった。 キルマーは表情をひとつ変えない。 「おれもあっちじゃどぎついことやってるけどよう。こりゃ国がすることじゃねえわな」 「…存じております。テッド・バダルコさま」 キルマーが言う。資料を見せつけられても動揺している気配はなかった。むしろ先ほどの大統領補佐官としての立場の時よりも余裕が感じ取れるほどであった。 テッドは笑った。 「やっぱ知ってんじゃねえか。まあ、でも知ってて会ってくれるっていうのは、取引に興味があるって証拠かね」 テッドは懐から別の紙を取り出してテーブルの提示した。 「悪を支えるには悪でしか果たせねえ。ちょっとお話しようか」 不快感を漂わせる煙が部屋中に行き届いていた。 「お断りします」 キルマーはさらりと言った。これ以上の論議は不要といった風であった。断る以外になんの対応も持ち合わせていないというような口調だった。事実、その節がキルマーの態度には見受けられた。 「まだ何も言ってねえぜ」 「何だろうとお断りします」 テッドとキルマーは座ったまま、相手の表情をうかがっている。 「バレちゃあマズい記録なんだろ?」 「ですが、お断りします」 「バラすぜ」 「お断りします」 口撃の攻防の傍らでゴードンはやはり無言だった。テッドが来てからも口数は少なかったが、こういった交渉事はすべてキルマーに任せているようだった。テッドがそのゴードンに食ってかかる。 「お前はどうなんだ、大統領」 少し間をおいて、ゴードンは重い口を開いた。 「君は勘違いしている」 「ほう」 「我々が君の正体を知っていながらにして会うということは君の交渉に興味を示しての理由ではない。我々が興味あるのはその情報…」 キルマーから資料の束を受け取り、そのまま握りつぶした。 「最近どうも我が国にたかる虫がおおくてね。エサの出所が知りたかった」 ゴードンがゆっくりと立ち上がる。 「話してもらうよ」 ただ立っただけだった。だがその動作一つにアッパーカットを打ち込むような強力な“力”があった。思わずテッドは身震いした。 ただの政治家に?裏社会の素人に? テッドは立ち上がり、銃を抜き、ゴードンに向けた。慣れた早業だった。その手に握られているのは強化プラスチックと硬質ゴムを組み合わせて作られた新技術のプラスチック・ガン。金属探知器に引っかかることは、無い。それは最悪の事態を予測してのテッドの切り札であった。 銃口を向けられたゴードンは銃の興味を示した。鋭い目で見下ろす。 「分かるな?てめェが考案した"マリンボール"だ」 ゴードンに動じる気配はなかった。 「若干性質は劣るけどよ、人を殺せるくらいの力はある」 引き金に手をかけるテッド。 「白昼堂々、大統領暗殺といくかい?」 ゴードンが、動いた。 「流行っているようで何よりだよ」 テッドは驚愕した。銃口はたしかにゴードンの心臓に向けられている。しかし、目の前のゴードンはその事実を無視するようにして掌をテッドに向けて差し伸ばしている。 「取引にゃ応じる気はねえんだな?」 「これが答えだよ」 「馬鹿が」 テッドはその瞬間、周囲の光景がスローに見えたような気がした。引き金を引く自分。それを見て嘲笑するキルマー。引き金の動きを見つつもなお手を伸ばすゴードン。 銃声が響いた。 同時にテッドの目の前の大理石のテーブルが飛び上がる。テーブルはゴードンの目の前を舞い、盾となって銃弾を受け止めた。テーブルを蹴り上げたのはキルマーだった。引き金を引くその一瞬の時間のなかでこの老人はこの早業をやってのけた。大理石の破片が周囲に四散する。テーブルは再び地に落ち、破片のカーテンの中をゴードンの巨大な手の平がテッドを目指していた。 テッドとゴードンの二人の間に、黒い壁が立ち塞がった。 スーツに身を包んだその壁はゴードンの手を払いのけ、テッドを守る形で両者の間に立つ。恐ろしいほど背の高い男だった。先ほどからテッドの背後に影のように立ってはいたが、いざ動くとなるととんでもない存在感を放つ男だった。手を払われたゴードンは黒人をにらみつける。両者とも2mを超える巨人だった。 ゴライアス・ガーデン最上階で、史上空前の巨人二人が対峙した。 |
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