REPTILE2
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| 強大な二つの力が向かい合うことで、部屋内の空気が圧迫されたようにテッドは感じた。自らが雇ったボディガードと得体の知れぬ大統領が至近距離で眼を合わせたまま沈黙している。テッドのボディガードは2mを超える黒人男性だった。バスケット選手ほどの高身長が黒で統一されたスーツを着込み、サングラスの裏からゴードン大統領を見下ろす格好になっている。見上げる側のゴードンもまた身長は2mを超えていた。こちらも漆黒のダークスーツに身を包んでいる。二つの黒き嶺が峙っていた。 「閣下」 キルマーが口を開いた。いつの間にか立っている。 「私がやりましょうか?」 「いや」 ゴードンは男を見上げたまま呟いた。 「それより、少し揺れる。警備員たちに問題ないと伝えておけ」 「かしこまりました」 そう言うと、キルマーはさっさと部屋から出ていった。 まだ二つの山は動いていない。 テッドは、震えていた。 ボディガードの背後で尻をつき、かすれた息を吸ったり吐いたりしている。彼はいま巨人の国に迷い込んだ小人だった。一体、何が起こっているのか。この国の出来事は何から何まで状況把握が難しかった。 「巨人の国(ブロディンナグ)」 テッドは述懐した言葉を反復した。自分はガリヴァーかと思われた。 「AJ!」 テッドは必死になって、ようやくボディガードの名を呼んだ。 「俺を全力で守れ!」 AJは主人の言葉を受け、ゆっくりとサングラスを外し、今度は瞳で直接ゴードンを見下ろす。強く、獅子のような眼であった。 「お任せを」 AJはテッドの信頼に足る部下の一人だった。派遣会社(もちろん裏の筋)から金を払って雇っているだけの関係ではあったが、付き合いは古株の子分よりも長く、信頼は兄弟よりも篤い。テッドは事あるごとにAJを連れて行き、常に自分の傍らに置くのだった。 幾たびも、AJは自らの職務を果たし、自分を救ってくれた。 今回もきっと、そうだ。 そして揺れた。 部屋が、である。 実際にどうであったかは分からないが、少なくともテッドはその一瞬に「揺れ」を感じていた。 AJの放った強烈なフックがゴードンの頬を打った。重く、速い拳撃だった。稲妻のように放たれたそれは部屋全体を揺るがし、否応なくゴードンの体を吹き飛ばした。ゴードンの体が壁に叩きつけられる。100キロを超える体重が音をたてて勢いよくぶつかった。 ゴードンの鼻から一筋の血が流れる。 「ボスからお下がり下さいますよう」 AJは厚い唇の隙間から、息を零すように言った。 ゴードンは手で血を拭うと、すっと体勢を整えて手の平をAJに向けた。その体躯はいささかも堪えておらず、眼は依然として鋭い。いまの攻撃など少しも効いていないようだった。 テッドはAJを信頼している。しかし恐怖した。ただ恐怖した。 二つの山が動いていた。 |
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