REPTILE2
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| 身長が高い、ということはそれだけで強さである。 背が高ければ、立っているだけで相手に威圧感を与えることができ、また攻撃の間合いも低い身長のそれは段違いに広い。攻撃の際に体重を乗せやすいという利点もある。常に一撃必殺の可能性を有し、かつ緻密な戦法さえも可能とする。こと格技者において、身長は一つの才能である。神が与えた贈り物と解してもよいであろう。その点、二人は恵まれていた。 ゴードンは奇妙な男だった。一見して戦闘技術と何の関わりも持ちそうにない一人の政治家のようでありながら、その目、胸、背、足、四肢にいたる全体から放たれている独特の存在感は格闘技者のそれであった。あるいは狩猟者、またあるいは軍人だろうか、ともかくその存在感は攻撃的であった。それも、静かな雰囲気を持っている。テッドほどの人間になると、この世の人間が持ち得る気のなかで最も怖ろしいものを知っている。それは「冷たい殺気」である。内に秘めた青白い炎こそ、この世界で生きる上で最も忌むべき気配だった。 ゴードンはゆっくりと、まっすぐに近づいてくる。 手の平は開かれたまま、依然としてAJに向けられている。 AJはテッドの目前を離れることなく、拳を握り、構えた。空手の高段者を思わせる、綺麗な型だった。両眼は歩み寄るゴードンに向けられている。 一歩、また一歩と近づくゴードン。 間合いに入ると、AJの眼が見開かれた。長い右足が床から跳ね上がり、先と同じゴードンの頬を薙ぎ払った。 再び部屋が震える。 だが、今度は吹き飛ばなかった、両足で床を踏みしめ、重い体躯を支えている。ゴードンは立っていた。 次の瞬間、AJは見た。巨大な掌が自分の顔目がけて伸びてきている。太い五本の指がAJの顔面を鷲掴みにした。指に、力が籠もる。 AJの視界が急に傾いた。2mの巨体が横になり、床に這う体勢となった。すべて、ゴードンの力によるものであった。 そして、AJの頭蓋に針を突き刺したような激痛が走った。 「ぬうう」 AJは呻き、抗ったが、ゴードンは攻撃を止めようとはしない。 こんな大統領がどこの国にいただろうか? テッドは自らの計画をようやく恥じるのだった。 とんでもない国に来てしまった。 ゴードンと、目が合う。怖ろしい目であった。 テッドは壁を背にし、声にならない悲鳴をあげた。 「があっ!」 ここでボディガードが咆吼した。床に押しつけるゴードンの腕を払いのけ、迅速な動作でスタンディングの体勢に戻る。その位置はやはりテッドの目の前だった。テッドを庇う形で、ゴードンとの間に立っている。 「失礼を」 背を向けたまま、AJは主人に詫びると、再びの攻撃に備えて構える。 「頼りにしている」 テッドは呟き、退きようのない壁に背を押しつけた。頼りにしている、とは言ったものの、目の前の怪物を前に心が折れている。 ゴードンはまたしてもゆっくりと歩み寄っている。 距離が再び射程内に入ると、AJは咆吼した。巨体を活かした大振りのフックを放った。拳はゴードンの胸に弾かれる。分厚い筋肉であった。撃った側のAJの拳が痺れるように痛んだ。だがAJは左右の拳を交互に放った。拳の弾丸が次々とゴードンの体に撃ち込まれていく。 「ぬう」 AJが唸った。一層強力な拳がゴードンの胸を抉った。 しかしゴードンはAJを見据えたまま、立っていた。 ぞっ、という悪寒がAJを襲った。 それは足であった。ゴードンの蹴り上げた足がAJの顎を垂直に弾き上げていた。AJの視界が床から遠くなっていく。 蹴り一つでAJの体が打ち上げられていた。 AJの体が頭から天井にぶつかった。再び床を踏んだAJの全身を今まで感じたことのなかった激痛が襲う。 両膝をつき、テッドとゴードンの間で痛みが退くのを懸命に待つ。 ゴードンはゆっくりと歩み寄っていた。 「AJ…!」 テッドの声に、AJはなおも立ち上がった。痛みは依然として彼を包み、脳はまだ揺れていたが、視界と職務だけははっきりしていた。ゴードンを前にして、再び、構える。 「大丈夫。まだやれます」 しかしその声に籠もった力ははやくも萎え始めていた。 両手、両足に神経を集中しつつも、圧倒的な力を前にして、AJもまた気概を挫かれそうになっていた。 テッドが何となくそれを感じ取っているように、AJもまた知っている。 身長差こそ大差はなかったが、その力の差は歴然としていた。 |
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