REPTILE2
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| グレイヴィ・マリンヴィルはノートパソコンに映る画面を見るなり、溜息をついた。第一案は失敗した。やはり、思い通りにはならない。マリンヴィルの人生は地獄へ向かうと分かっている早馬に乗るようなものであった。 モニターでは緑色のランプが点滅している。 発信器が送ってくるデータも途絶えて、すでに数時間が経過している。 テッド・バダルコは死んだ。 あるいは、なんらかの形で意識を失わされている。 彼の生命の安否は不確かなことではあったが、彼がマリンヴィルに対して行っていた「情報」の送信が途絶えたという意味では、死んでいた。 バダルコの体は動くことなく、ただじっとゴライアス・ガーデンの地で寝ている。 シカゴで生まれたマフィア、テッド・バダルコはマリンヴィルを知らない。しかしその命の意味はガイア共和国に入ってからというもの、全てマリンヴィルに捧げられていた。 マリンヴィルが匿名でガイア共和国に纏わる情報をテッドに売ったのだった。 テッドはマリンヴィルを知らないが、マリンヴィルはテッドをよく知っている。任務で一度、シカゴのマフィアを洗い上げたことがあった。その何人かとも実際に会ったことがある。彼らからテッドの情報を仕入れた。彼らの話によれば、その男は異常なまでの出世欲がある男だという。マリンヴィルは、それを覚えていた。テッドを、踊らせた。 部下を通してガイア共和国の情報をテッドに売ると、つづいてジョージ・ドースンを手配し、テッドと引き合わせた。もちろん自身の存在はテッドに漏らすことはなかった。 ジョージ・ドースンはうまくやった。テロ組織から仕入れた情報を細切れにし、テッドが飛びつくような内容に細工をした上で情報を売買した。 その時すでに、テッドはマリンヴィルの手の上で踊っていた。C.I.Aとドースンの情報を照らし合わせることで、ガイア共和国の実像が浮かび上がってくる。「一国の大統領を脅せる」と取引に応じたC.I.Aの諜報員は言ったのだった。その内容のヤバさにテッドは薄ら笑いを浮かべて喜んだに違いない。それは自分が“登りつめる”絶好のチャンスだったのだから。 テッドはゴードンとの闇取引を目論み、ボディガードを連れてガイアへ向かった。 マリンヴィルは満足した。 上司トロイ・フォルガーから命令を受けてからというもの、彼の心境は落ち着かなかった。トロイはああ言うが、『暗殺』が世界を良い方向へ導いた歴史的事実は少ない。そもそもこういった活動が自分の気持ちを深く沈めることはまず間違いなかった。それも、彼にとってそれは二度目である。 だからこそ、反抗した。 テッドを利用することで『暗殺』を回避しようと試みた。C.I.Aの目的の要はゴードン政策の封じ込めなのである。なんらかの形でゴードンを辞職させるだけでも構わないのだ。暗殺以外にも方法はあった。その一つにガイア共和国の実体に関する情報を公開する手段もあったが、それは危険すぎた。内容がハード過ぎた。世界経済・政界への影響は計り知れず、またC.I.Aの過度の調査方法も叩かれることになるかもしれない。次に考えついたのが、マリンヴィルの心を落ち着かせた。ゴードンとマフィアを癒着させることで、闇取引の事実を世間に知らしめることだった。これならば、ほぼ安全に、速やかに、ゴードンを政界から引きずりおろすことができる。その取引の相手としてテッドを選んだ。 マリンヴィルの敗因はゴードンを政治家としてしか認識していなかったことだった。 テッドに取り付けられた発信器からもたされた音は、凄惨たるものだった。銃撃も聞こえた。なにより怖ろしかったのが、打撃音だった。音声から察するに、ゴードンがテッドのボディガードと格闘しているらしかった。しばらくして、テッドの声からジョージ・ドースンの名前が漏れるのを聞いた。マリンヴィルは歯噛みし、キーを叩いた。 A案は失敗し、B案を実行せざるをえなくなった。 すなわち、暗殺。 「フレッド」 彼は振り返り、椅子に腰掛けて読書に耽る男を呼んだ。 サングラスの奥に潜む緑色の輝きが彼を刺した。マリンヴィルは長年に付き合っているこの男の目線がいつになっても好きになれなかった。マリンヴィルもそうだが、すでに夜も更けているというのに彼はまったく眠たそうにしている様子はない。 「…頼むぞ」 |
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